書評 下村彦四郎著 『棚の生理学』青田 恵一

■ 青田恵一のお奨めの一冊

新装版『棚の生理学』
=人件費をベースに考えた書店の動態的商品構成
下村 彦四郎 著

青田 恵一

出版メディアパル・オンライン書店  

◎ 時代を超えて今蘇る出版販売セオリー

 下村彦四郎さんの『棚の生理学』が復刊された(!)  
 書店実務のパイオニア作品といえば、皆さまはどの本を思い出すだろう?
 私にとって、それは、1970年に、元オーム社書店の故下村彦四郎氏が著された『棚の生理学』である。長年絶版だったこの名著が、この度、出版メディアパルから復刊された。待望の一冊(!)。この本は、いままで問い合わせも多かったとのこと、待ちこがれていた方も少なからずおられよう。
 下村氏が仕事の合間をぬって精力的に書かれた本は3冊。『書店はどうすればよいのか』『書店の人と商品をどうするか』、そしてこの『棚の生理学』だ。すぐ入手できるという意味では、いまのところ、この本が唯一のものといってよい。
 では『棚の生理学』は、いったいどこがどう先駆といえるのか。私なりに思いを巡らせば、これは、書店の実務と経営を科学的に結びつけようとしたその一点にこそ見出せる。言い換えればこの本は、書店の店づくりを、読者本位の視点で描く業界初のテキストであったのだ。それにしても、いまから35年も前に、これほど緻密な「原理への追求」がなされていたとは。正直、驚きを禁じ得ない ――。
  とくに心を打つのは、何より知恵を大切にするスタンスであろう。この本の隅々には、著者が店頭で、ときに創意工夫し、あるいは熟慮し、そして生まれたノウハウが、それこそキラリと光っている。いま一部の書店では、読者をつなぐクリエイティブな仕事が、挑むことさえ容易でなくなった。その余裕がないのである。だが、下村彦四郎著の『棚の生理学』は問うにちがいない。それで本当にいいのだろうか?と。
 そのうえで、この本は、現場の書店人に、読者と商品への“思い”を定め、奮起するようにと迫るかもしれない。たしかにここからは、みずからの頭で考え、みずからの足で歩こうという氏の呼び掛けの声が聞こえてくる。 その主張は、年代や定価といった数字、出来事さえ除いてしまえば、最近書かれたかのように“新鮮”にすら映る。専門書ジャンルが想定されていることも、ほとんど気にならない。
 構成は3部。第1部「3尺棚1段から昨日よりも1冊たくさん売ったら」、第2部「ラッシュ商法〈人海戦術からシステムへの変更〉」、第3部「書店の明日をめざして〈書店の未来像〉」、これに「初めて工学書を担当する人への手紙」という売場入門書と他の論文が加わる。
 第1部では、売上アップの基本を棚1段単位から発想しよう、第2部では、季節、時間、曜日、財布、天候、月別のそれぞれにおいてピーク対策を確立しよう、第3部では、専門の商品力を増客に結びつけようと訴えられ、その方法が提案される。ここには時代やジャンルを超えて変わらぬ「普遍性」が厳存する。具体的にいえば、機会損失に対するあくなき攻撃や膨大化する人件費への対応、なにより顧客満足と売上増大への執念 ――。
 一応、工学書という前提はあるものの、売れる売場の一般条件も挙げられている。①市場の需要に見合った商品を揃える。②欠本調査に熱意をこめ、補充日数の短縮のために全力を尽くす。③工学書の展示スペースを充分に取って品揃えを厚くする。さいごに、④優秀な棚担当者。
 これはもちろん、他のジャンルにも当てはまることだ。一見分かりきったようなこれらの原則も、みずからの店でどこまで貫かれているか、いっぺんチェックしてみたいもの。35年前、下村氏によって提起された問題は、まさにいま、店頭現場で解決する機会となって蘇る ――。
 投げられたボールをどこへ打てばいいか、それは私たちの課題となったのである。 『棚の生理学』の序文は、あの布川角左衛門氏の筆になる。そのなかに意義深い引用があった。
 「書物を書くのは、らくである。…書物を印刷に付するのは、それよりもむつかしい。…書物を読むのは、もっとむつかしい。… しかし、この世に生きている人間の手がける仕事で、最もむつかしいのは、書物を売ることである」 思い返せば、この本から真に学ぶべきは、失われつつある書店人としての誇りということなのかもしれない。 (『棚は生きている』より 出版ニュース 2004年8月中旬号掲載)

◎ 編集室だより 
  激動の1960~1970年代後半まで、「本を売る知識と技術」を求めて、日夜努力する一人の出版販売員がいた。元オーム社書店・営業部長の下村彦四郎氏である。現在のように、誰でもが、POSレジやコンピュータの販売データを駆使することのできなかった時代に 「出版物の販売という形のない技術」の確立に情熱を燃やして、三冊の出版マーケティングに関する私家本を未来へのメッセージとして残した。
 とりわけ、シリーズの完結編として1970年に発行された「棚の生理学=人件費をベースに考えた書店の動態的商品構成」は、今でもコピーされ、密かに販売学を学ぶ書店人に読み継がれている。
 下村彦四郎氏は、2004年1月に他界する最後の一瞬まで、自らも販売学を学び続け、未来を担う「販売士」を育てるための指導に専念しておられた。下村彦四郎氏の考えた「出版販売法とは何か」。
 いま、7年連続マイナス成長化で苦しむ、現在の出版販売の最前線にいる書店人や出版社の営業マンのために、「棚の生理学」を新装版(復刻版)としてお届けする。
 30年前の出版販売のベテランが考えていた「販売セオリーとは」なにか? そして、その手法は、状況がまったく違う現在の出版販売に通じるのか? 
 自問自答しているとき、「よみがえれ書店」の著者・青田恵一氏とめぐり合えた。青田氏の著書の中に、下村 彦四郎氏と同じ、書店への夢を感じた。

 <新装版『棚の生理学』目次> (A5判・296頁・定価3150円)
Ⅰ.棚の生理学人件費をベースに考えた書店の動態的商品構成  
  第1部:3尺棚一段から昨日よりも1冊たくさん売ったら
  第2部:ラッシュ商法<人海戦術からシステムへの転向>
  第3部:書店の明日を目指して<書店の未来像>
Ⅱ.初めて工学書を担当する人への手紙
Ⅲ.適正常備の受託



                                              出版メディアパル編集長/下村昭夫