書評『出版経営入門――その合理性と非合理性』の進め 青田恵一

たまには出版の本を読んでみよう=名著の誉れ高い〝幻の本〟がよみがえった
『出版経営入門―その合理性と非合理性』の読みから

青田 恵一

出版メディアパル・オンライン書店  

 ハーバート S ベイリー Jr著、箕輪成男訳編による『出版経営入門――その合理性と非合理性』が、出版メディアパルから、31年ぶりに新装版として刊行された。原書は1970年、日本語版(出版同人版)は1976年の発行だが、本書は1990年の新版(オハイオ大学版)にもとづく復刊となった。

 書店のみならず、出版業界全体が高い壁の前で立ちすくむなか、突破に向け、企業間で手を組んだり、たがいの業務に進出することも増えている。IT時代を迎え、書店が、特定の出版社と提携する、もしくはオリジナル商品の発行や復刊で出版に乗り出すというのも、もはや特別のことでない。すると自然、押さえたくなるのが、出版の経営的成り立ちであろう。ところが、出版本は数多いが編集ものに傾きがちで、経営まで迫るものは稀といってよい。そこでがぜん注目されるのが、まさに本書、『出版経営入門』なのである。

 著者は、アメリカのある大学出版会を立て直した、出版経営のプロフェッショナル。訳者の箕輪成男氏もまた、東京大学出版会の責任者として辣腕を振るっていた。英語に堪能なだけでなく、出版に詳しい訳者が、日本の実情を踏まえて翻訳した。だからこそ訳文は的確で読みやすい。章により、箕輪氏が解説を施しているのも親しみが湧く。 

『出版経営入門』の読み方 

本書は、この本の復刻版を編集した出版メディアパルの下村昭夫さん自身が読みたいと思い、捜し求めていたとのこと。下村さんはこういう。「本書を読むと、不思議なほど、アメリカの書籍出版が置かれている状況と日本の書籍出版社が置かれている状況の『類似性』に驚きます。また、書かれているベイリー氏の『出版に対する情熱』『夢と現実』もまた、日本の出版社が直面している状況と類似しています。ベイリー氏は、出版を取り巻く環境を『マクロ出版の経済学』として分析し、個別の、出版物を取り巻く状況を『ミクロ出版の経済学』という視点で分析しています、そして、本書の真髄ともいえる『最大利益を得るための印刷部数の決定』と『定価の決定法』を解き明かしています」

目次は流れに沿っている。第一章は問題提起で「出版における合理性と非合理性」。第二章が「出版をめぐる環境」。これは、外部環境と内部環境にわかれ、内部環境では、編集・デザイン・製作・販売・経理の各部、それに役員室(経営者)と出版社に働く人々の項が追加される。ついで、第三章の「業務の流れ・つながり・決定」でマクロ(社全体)のプロセス、第四章の「ミクロ出版の経済学」でミクロ(単品)の流れを示す。この二つの章が本書の骨格。そして第五章の「出版経営と計画」で経営戦略を描き、第六章の「新しい技術」に結びつける。最後のエピローグが、結論ともいえる出版の「質について」である。

本書は基本書なので、ていねいに議論が積み重ねられていく。こういう手ごたえの強い本には読み方がある。まず通しでザーッと読む。気になるところにはチェックを入れ、かつ分かりにくいところは、そのまま読み飛ばす。たとえば数式もあるが、そんなものは、最初は無視しても全然かまわない。各章の終わりに訳者のコメントがあったが、これはわかりやすいので読み込みたい。つぎはスポット攻撃。チェックしたところを、今度はできるだけ理解しながら読み進むのだ。すると知りたいポイントが体に染み入る、いわば血となり肉となる。最後に、可能であれば、もう一度、読み通すのである。そうすれば、真に身についた知識となるにちがいない。 

最大利益をあげるための最適部数 

 本書のいい点は〈バランス性の重視〉にほかならない。著者によれば、出版には、合理性と非合理性がある。これをどうとらえるべきか? 著者は「非合理性こそが、出版の真実の姿」と喝破したうえで、「非合理なものにみずから参加し、それを理解し、それを先取りすることに努め、むしろそれを励まし、批評し、出版が存続しその機能を果たすために必要な合理的な面とそれを結びつけることによって、出版社の内外にある非合理性と共存・協同することが必要(p4)」と訴えている。

 バランス性は、単品というミクロ分析だけでなく、社の経営というマクロ分析にも現れる。経営計画も含め、大局に立った出版学が緊密に展開されているのだ。一部に数式もあるが、ベーリー氏自身が、「数式の背後にあるものは、すべて本文に書かれており、数式を飛ばして読みことを希望したい」と述べている。

 書店がある商品の売れ行きを考えるとき、著者、出版社以外に、書名と装幀が大きな比重を占めるが、じつは価格の要因も大きい。新刊で検討すべきは、この価格とそして刷り部数であり、これこそが成否を決定する。このふたつを解き明かしたのが本書なのである。なかんずく「最大利益をあげるための最適部数」は要。こういう発想は日本で少なく、ここが新しい点という。

 「在庫として保管する経費が、重版の時の製版費に等しくなる場合、最も経済的な印刷部数の決定がなされたということになる(p124)」。ここでいう「製版費」とは、原著では「プラント・コスト」という用語が使われており、日本では、「工場原価」、あるいは重版時の総コストと考えれば理解しやすい。そうなると引用文の意味は、たとえば初版を、1年目用5000部、2年目分2000部、計7000部を刷る場合、2年目の在庫保管費用が、重版費用と同じになるなら、初版では作らないということだ。定価を低く抑えるため、多く作りたくとも「刷り過ぎないように注意しよう」という趣旨になる。 

セールスポイント 

 出版営業に触れている箇所もある。「出版社の機能が、著者と読者を取り結ぶことであるとするならば、販売部の機能はその中の読者と本を結びつける方にある。このことは、販売部が売ろうとしている一点一点の本について、それを必要とする個々の読者に送り届けるためには、一点一点をよく知っていなければならないことを意味している(p90)」「販売部はその本にふさわしい読者がいると思われるところには、どこへでもその本を周知させるよう努めなければならないし、書店、図書館、郵送販売など、読者が便利な方法でその本に接近できるよう取り計らわねばならないのである(p91)」「販売部から書籍販売業者や読者への情報の流れ、販売部内での仕事の流れは決してすべて一定不変ではないということである(中略)。新しい本、違った種類の本が出版されるたびに、また市場それ自体が変るたびに、いうならば川床がいつも変化しつづけている(中略)。販売部は出版業の中でも最もダイナミックで興味ある領域のひとつとなっているのである(p93~94)」。

 ほかにもセールスポイントは少なくない。ひとつは出版進行図(p96)。発行までの流れが一目でつかめ、たいそう便利といってよい。もうひとつは、出版に必要なさまざまな書式について、ポイントを部門ごとに列挙する「付録…種々の報告書とその様式(p226~230)」である。ここを参考にすれば、かなりのノウハウが得られ、社内フォーマットを作る際、大いに有益だろう。むろん、新たに出版を起こすときなども、きっと役立つにちがいない。今回はじめて索引がついたが、使い勝手がいちだんとよくなった。

 対象は、一応、長期的観点から本を販売していく専門出版社であろう。だがロングセラーの多い実用書や児童書を含め、他ジャンルの社にも、充分、応用できるのではないか。

 著者が、ぜひ読んでほしいと強調するのが、「はしがき」の在庫と資金に関する詩であり、最後の「エピローグ――質について」である。これらには、出版経営への思いが、あるいは出版事業の理想が、美しい文章で謳われている。やはり出版はロマンなのであった。