日本橋で際立つ文雅な書店――タロー書房(3)

web連載 新・棚は生きている


日本橋で際立つ文雅な書店――タロー書房その3

青田恵一

(前回よりつづく) 

文庫
 文芸・人文書の延長で申し上げるなら、文庫の品揃えからも、本好きの読者に、この1冊をぜひ読んで欲しいという思いが響いてくる。とりわけ、突き当り最奥壁に配された学術系文庫の存在感が高い。この壁棚1本の棚段数はなんと10段あり、それが8本も確保されている。さらに中身がすごい。
 たとえば講談社学術文庫が15段、平凡社ライブラリーが9・5段。また、この規模ならあるだけでもびっくりの東洋文庫が5段、さらに、岩波文庫が驚異の29段もあり、現代文庫を加えると、もう気が遠くなるほどの36段! 何事も中途半端では意味がない、ということか。
 文庫については、文春文庫への対応が優れていることを一言申し添えたい。
 ポイントはふたつ。独自の著者インデックスとPOPである。タロー書房独自の売れ筋作家については、出版社作成の分とは別に、みずからつくったインデックスを棚に差し込んでいる。井川幸四郎、折原一、岡田光世、中村彰彦というような著者で、やや大きめなのですぐわかる。
 手製のコメントPOPも効果的。たとえば、中島義道著『孤独について――生きるのが困難な人々へ』には「生きづらさを感じている人、孤独を自覚している人に読んで欲しい本です」、シーナ アイエンガー著『選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義』には「選択の連続だから迷った時にはこの本を!」とあった。普段着の言葉遣いが説得力を生んでいる。 

4 女性客の幸せづくりをサポートする――児童書・実用書系ゾーン 

児童書&教育書

 ここから後半部分に歩みを進めよう。
 右側からみると、ジャンルは児童書、婦人実用書、地図・旅行ガイド、実用書、語学書、芸術書、文庫、コミックという順番になる。文庫はいま触れたので、それ以外を当たっていく。
 
 まずは児童書。棚前に、灯り塔が乗った六角形の特設棚があり、そこに絵本や児童書がディスプレイされるという舞台風の演出にグッときた。これに接するのが大と小のイベントテーブルで、大はロングセラー絵本の拡販、小がそのおすすめのステージとして使われている。
 児童書・絵本2本の棚を見ると、いもとようこ、いわむらかずお、五味太郎、とよたかずひこ、まついのりこ、松谷みよ子といった作家の作品に加え、ノンタンシリーズ、偕成社、ブロンズ新社などの商品が強調されている。読みもの棚1本はファンタジー、創作童話、ブルーナもの、福音館(3段)等々の構成。
 児童書についで配置されるのは、教育書を核としたお母さん向けの本棚2本である。1本目は、児童書・絵本についての本から、名前の付け方、保育書(0・5段)、小学生向けの勉強本、折り紙(3段)というように、母親客が読むテーマならなんでも揃える。
 2本目は家庭教育と育児に関するもの。じつはこの棚、意外にも見応えがあった。教師論、家庭教育、高濱正伸、漆紫穂子、幼児教育、尾木直樹、しつけ、発達障害、自閉症、アスペルガー、育児、妊娠というようなテーマや著者が、意欲的に品揃えされているのである。だから、お母さんのお客さまには、ずいぶん重宝な棚と映るにちがいない。
 ここらは大型店であれば、児童書、家庭教育、専門教育とわけられるが、タロー書房では、店のお客さまのニーズに合うよう再編成され揃え直されている。 

婦人実用書
 実用書のジャンルは、右サイドから婦人実用書、地図・ガイド、実用書の順。
 このうち婦人実用書は、既述のように、まことに卓抜な棚づくりとなっている。タロー書房というと、つい経営書や文芸・人文書に目を奪われがちだが、この分野も見すごされてはならない。 

 それではこの売場に踏み込んでみよう。
 くり返しになるが、婦人実用書は奥の右側に位置するストリート売場である。つまり棚が向き合う対面構成となる。対面ということをどこまで意識するかが、ある意味、店の顧客志向を体現する。売上が厳しいと嘆く割に、この問題への配慮が行き届いた店は、どれほどあるだろう。
 さてストリートの入り口に立つ。左側の棚は、料理5本と手芸・編みもの2本の構えである。婦人実用書のなかでもこの料理棚が素晴らしい。
 目に飛び込んで来るのは、ゴールデンラインでの表紙見せである。その結果、どの棚でも料理本のきれいなカバーが際立って、棚に対する親しみとアクセス感が高まることになる。
 ワンスパンずつ見ていくと、1本目は企画棚。最初のところで心をわしづかみにされる。現在は、レシピ本大賞受賞作を含めたレシピ本のフェアを実施中。瀬尾幸子著『ラクうま ごはんのコツ』(新星出版社)、主婦の友社編『作りおきスイーツ』(主婦の友社)が目立っている。2本目の品揃えは、まず食材の本があり、ついで毎日のおかず(3段も!)、ベターホーム協会、料理の基本、お弁当、子どもの料理とつづく。
 3本目は家庭料理の柱の部分である。おつまみ、お肉、だし、作り置き、保存食、麹(こうじ)、発酵食、乾きもの、おもてなし、おうちごはん、朝ごはん、スープ、野菜、芸能人(ケンタロウ)、栗原はるみというような表示群には、あまりの親切さに頭がくらくらしてしまう。それにつけてもこのきめの細かさよ!
 4本目は読みもの中心。この棚は、石井好子さんの『文藝別冊』特集号(河出書房新社)、桐嶋洋子著『聡明な女は料理がうまい』(アノニマ・スタジオ)などが展示される中ほどの表紙見せ2段を挟み、粗食のすすめ、食エッセイ(2段)、ダイエット、マクロビデオテック、薬膳、ハーブ、ジュース・スムージー、調味料、栄養学と進む。
 最奥は料理専門書が主体。和食、各国料理、パン、お菓子、紅茶、酒等々に関する厚めのごつい書物がぎっしり揃うが、フットワークのいい一般書も組み込まれている。

 右側の棚6本に移ろう。
 ここはエッセイと料理書以外の婦人実用書で占められる。はじめの棚は女性読者のためのエッセイ棚。上野千鶴子著『ケアのカリスマたち』(亜紀書房)、岸恵子著『私のパリ 私のブランス』(講談社)、『幸田文の言葉』シリーズ(平凡社)に存在感。

 2本目はファッションブックの棚である。
 金子由紀子著『クローゼットの引き算』(河出書房新社)、滝沢眞規子著『滝沢眞規子 MY BASIC』(光文社)、地曳いく子著『服を買うなら、捨てなさい』(宝島社)、田島弓子著『働く女28歳からの仕事のルール』(すばる舎)といった話題書から、『おしゃれの手抜き』(講談社プラスα文庫)、『大人のおしゃれ練習帖』(同)などの大草直子著作に、恋愛論までもがエレガントに勢ぞろい。

 つぎの3本目は気、スピリッツアル、占いの棚であり、ロンダ・バーンのベストセラー、『ザ・シークレット』『ザ・シークレット 日々の教え』『ヒーロー』(すべて角川書店)が並ぶ。

 4本目はアロマ・香(ダイエット、腸内洗浄、アロマ)、アンチエイジング、お灸、美容、スキンケア、マッサージ・ツボ、ストレッチ・その他トレーニング、ヨガ・ピラティス、部分痩せ、メイク、ネイル、キャンドルなどの表示がきらめく。

 5本目は家事・くらしのテーマで、収納・インテリア、暮らし、マイホーム、6本目は生活実用で結婚、スピーチ、マナー、手紙・文書、ペン字、葬儀・抱擁、エンディングノートといったテーマの関連書が集結する。

 これらの緻密で丁寧な棚づくりを見ていると、タロー書房の「女性客の幸せづくりを応援しよう」というスタンスがストレートに伝わってくる。思い起こせば、増床の折、強化したジャンルは、婦人実用書、芸術書、児童書、語学書と女性読者向けの分野が多かった。
 なお実用書の棚は、スポーツが2本、健康2本、趣味2本という構成。地図・ガイドはグルメ・散歩1本、海外2本、国内2本、地図1本、アウトドア1本。PCについては2本各6段。ウィンドウズ、アプリなど一般的な1本と、言語、ネットワークといった専門棚が1本の構えである。 

語学書&芸術書

 最後は語学書と芸術書になる。
 語学書は4本あり、その分類は明確といってよい。TOEIC9段からはじまって、英語検定、英単語・熟語、ライティング、英文法、リーディング、英会話、英語表現、発音、リスニング、時事英語、勉強法、日本紹介、各国語、漢字検定、日本語検定という自然な流れである。客層を反映して、検定以外ではビジネス英語の棚段数が3段と多め。出版社では、明日香出版社、アルク、旺文社、ベレ出版が目につく。

 芸術書棚は向かって左から美術、音楽・映画、写真という3本。美術では岡本太郎、水戸岡鋭治両氏の特設棚各1段がやはり注目点。岡本太郎棚では、椹木野衣監修『岡本太郎爆発大全』(河出書房新社)、岡本太郎著『壁を破る言葉』(イースト・プレス)、大杉浩司著『岡本太郎と出会う旅』(小学館)、水戸岡鋭治棚では、新刊の『鉄道デザインの心』(日経BP社)、『旅するデザイン』(小学館)、『電車をデザインする仕事』(日本能率協会マネジメントセンター)、『ぼくは「つばめ」のデザイナー』(講談社青い鳥文庫)等々が置かれる。フェルメール、配色、水彩画関係本も少なくない。

 映画と演劇の本もスペースを取る。音楽はクラシック中心だがジャズにも力が入る。写真ではロバート・キャパの関連書が視線を釘づけにする。

 語学書と芸術書にはタロー書房独特の棚づくりが秘められている。一般的な定番を押さえたうえで、テーマなり著者をクローズアップし浮き彫りにするという売場特化の思想である。いまみたように、語学書のビジネス英語棚とか芸術書の岡本太郎・水戸岡鋭治・ロバート・キャパ棚はその一例といえよう。
 この手法は、他ジャンルでも、テーマ、著者に出版社を加えた形で展開されており、同店の店づくりの骨格をなしている。                                (次回につづく)