日本橋で際立つ文雅な書店――タロー書房その2

web連載 新・棚は生きている


日本橋で際立つ文雅な書店――タロー書房その2

青田恵一

(前回よりつづく) 

3 〝知の現在〟を映し出す――文芸・人文書 

文芸書 

つぎは本命ジャンルのひとつ、というより同店の4番バッター、文芸・人文書売場である。

 タロー書房では、文芸書の棚を8本、人文書を6本確保している。本数自体、大型店に比べそう多くはないものの、同規模店からみると2、3倍近くはあると思われる(同店は120坪)。

棚数以上に注目されるのは、その品揃えの濃さ、深さ、奥行き、そして正当さである。

それでは文芸書の売場から見ていこう。文芸書の棚は、小説家棚4本のあとに、随筆・エッセイ、文学評論、詩歌・古典芸能、海外文学の各棚が各1本ずつ。

小説家棚といっても品揃えは月並みでなく、池澤夏樹編『日本文学全集』(河出書房新社)、『谷崎潤一郎全集』(中央公論新社)、『冒険の森へ 傑作小説大全』(集英社)などの生きのよい新刊とともに、小川国夫著による『ヨレハ記 旧約聖書物語』(ぷねうま舎)と『イシュア記 新約聖書物語』(同)、開高健著『一言半句の戦場』(集英社)、辻原登著『韃靼の馬』(日経新聞出版社)、向田邦子著『完本 寺内貫太郎一家』(新潮社)、村上春樹著の『カンガルー日和』(平凡社)や『日出る国の工場』(同)といった名作の数々が、棚内に粛然と収まっている。

村上春樹の2点は文庫化されており、この単行本を陳列する店は、大型店以外そうはない。ほかの商品、ほかの棚、ほかのジャンルも同様だが、タロー書房の棚は、文庫化された単行本でも、その本の著者、モチーフ、客層、装幀を含む本づくり、店の売り方次第などで、動く可能性が残っていることを示唆している。 

文芸書棚での見どころは小説だけでなく、棚鮮度の高い随筆・エッセイと文学評論にもある。随筆・エッセイでは、小説家や文芸評論家がものにした硬派の随筆とか評伝が目立つ。たとえば硬派の随筆では、杉本秀太郎著『見る悦び』(中央公論新社)、『中村真一郎の青春日記』(水声社)、『歴史の温もり 安岡章太郎歴史文集』(講談社)辺りが該当する。

この随筆棚では著者が強調されている。安野光雅、児玉清、齋藤孝、松浦弥太郎等々と一緒に、志村ふくみ、白洲正子、須賀敦子など女性随筆家の棚が光り輝く。

評伝では角地幸男著『ケンブリッジ帰りの文士 吉田健一』(新潮社)や平川祐弘著『竹山道雄と昭和の時代』(藤原書店)に存在感あり。 

文学評論棚には豊饒なコンテンツが揃う。いわゆる文芸評論だけでなく、書物と読書、書店や図書館に関する本、牧眞司編『柴野拓美SF評論集』(東京創元社)のような書評集、豊崎由美などの書評家の著作、なおかつ、小林秀雄論、夏目漱石論、村上春樹論、吉田健一論というような作家論にも充実感。

当分野、国民文化研究会・新潮社編『小林秀雄 学生の対話』(新潮社)や『小林秀雄全集』(同)等々の小林秀雄ものをはじめ、加藤典洋、柄谷行人といった文芸評論家の作品が予想以上に多いのだが、なかでも最多の冊数を占めるのが吉本隆明。ここ1、2年で刊行されてきた『吉本隆明全集』(晶文社)や『吉本隆明〈未収録〉講演集』(筑摩書房)を皮切りに、『吉本隆明が最後に遺した三十万字(上下)』(ロッキング・オン)、『親鸞 決定版』(春秋社)、『戦後詩史論』(思潮社)等々々が並ぶ。

 詩歌棚も見捨てがたい。『長田弘全詩集』(みすず書房)、沓掛良彦著『西行弾奏』(中央公論新社)のほか、ふらんす堂、河野裕子、谷川俊太郎、永田和宏、穂村弘の著書が精彩を放つ。池澤夏樹訳『古事記』(『日本文学全集01』河出書房新社)、三浦佑之訳『口語訳古事記 完全版』(文藝春秋)とかの古事記本も目を引く。棚の片隅に、司馬遼太郎著『対訳 21世紀に生きる君たちへ』(朝日出版社)を発見。 

この棚では出版・本・文章に関するものも見ものとなる。佐野衛著『書店の棚 本の気配』(亜紀書房)や平野義昌著『海の本屋のはなし 海文堂書店の記憶と記録』(苦楽堂)といった書店人の本に加え、柴野京子著の『書棚と平台』(弘文堂)や『書物の環境論』(同)、能勢仁・八木壮一共著『昭和の出版が歩んだ道』、湯浅俊彦編著『デジタル環境下における出版ビジネスと図書館』、さらに『本の学校・出版産業シンポジウム記録集』シリーズなど、本コラムを掲載している出版社、出版メディアパルの書物も視界に入る。 

随筆・エッセイと文学評論、それに詩をみると、この棚なり平台でのセレクトは、プロフェッショナルの技といっていい。単品を拾い出せば一目でわかる。改めて棚と平台にわけピックアップしてみよう。

それでは棚から。

志村ふくみ著『一色一生』(求龍堂)、須賀敦子著『霧の向こうに住みたい』(河出書房新社)、松浦寿輝著『明治の表象空間』(新潮社)、大隈秀夫著『実例 文章教室 新訂版』(日本エディタースクール出版部)、齋藤孝・西岡達祐著『学術論文の手法』(同)、埴谷雄高著『不合理ゆえに吾信ず』(現代思潮新社)、チャールズ・ラム著『完訳 エリア随筆』(国書刊行会)、茨木のり子著『倚りかからず』(筑摩書房)、谷川俊太郎著『散文』(晶文社)等々々。

以前フェアを実施して好評を博した冨山房百科文庫は、随筆・エッセイ棚に残した。 

平積み分では、石橋毅史著『口笛を吹きながら』(晶文社)、『井田真木子著作選集』(里山社)、岩淵悦太郎著『悪文』(日本評論社)、浦田憲治著『未完の平成文学史』(早川書房)、柄谷行人著『哲学の起源』(岩波書店)、吉野弘著『二人が睦まじくいるために』(童話屋)、などなどの名著に手が伸びる。このうち、『悪文』の平積みにはとりわけ目が走った。なんとこの本、1961年に刊行された超ロングセラーである(現在のものは1979年発行の第3版)。

なお『口笛を吹きながら』は、出版専門紙「新文化」の元編集長、石橋毅史氏が、岩波ブックセンター信山社の代表取締役会長、柴田信氏にインタビューし、書店と出版に関する見解、これまでの人生と価値観などをまとめた、出版人必読の書である。 

外国文学も選択が絶妙。池澤夏樹編『世界文学全集』(河出書房新社)、ジェイムズ・ジョイス著『若い芸術家の肖像』(集英社)、ダンテ著・平川祐弘訳『神曲【完全版】』(河出書房新社)、レフ・ニコラェウィッチ トルストイ著『戦争と平和(上中下)』(東海大学出版会)、『トマス・ピンチョン全小説』(新潮社)、ガルシア=マルケス著『百年の孤独』(同)、『ガルシア=マルケス全小説』(同)など堂々たるラインナップといえよう。

こう眺めてくるとタロー書房は、来し方行く末を見きわめた、いうなれば、品揃えの遠近法で展開される〝名著のブックセンター〟、と形容できようか。 

 人文書 

人文書は江戸・東京が2本、人文書が2本、選書が2本の計6本の構成。驚かされたのは、みすず書房、未来社などの棚であるが、これはのちほど触れたい。

 江戸・東京と選書を含む人文系の棚は、〝知の現在〟を映し出し、本好きの人々の期待に応えている。

 当売場にはタロー書房の長所がいかんなく発揮される。その長所とは、単品セレクトの熟練性、重厚な品揃え、新旧本のバランス、正確な棚分類、巧みな売場編集などであり、これらは他ジャンルにも共通する。

そのなかから単品セレクトの熟練性をみると……、次世代に読み継がれるべき名作は、決してはずさない。そのタイトルをご覧になっていただきたい。 

犬養道子著『新約聖書物語』(新潮社)、福岡正信著『自然農法 わら一本の革命』(春秋社)、A・Hマズロー著『人間性の心理学』(産業能率大学出版部)、中村元著『自己の探求』(青土社)、丸山眞男の代表作『現代政治の思想と行動』(未来社)や『日本政治思想史研究』(東京大学出版会)、J‐p・サルトル著『実存主義とは何か』(人文書院)、ミシェル・フーコー著『言葉と物』(新潮社)、浅田彰著『構造と力』(勁草書房)、角田忠信著『日本人の脳』(大修館書店)、河合隼男著『神話と日本人の心』(岩波書店)、池田晶子著『14歳からの哲学』(トランスビュー)――。

これらの品揃えから、読者に長年親しまれてきた名著を、売れ行きをウォッチしながらも、つぎの時代につなごう、という強い決意が伝わってきた。 

トピック的に追うと、まずは江戸・東京棚がおもしろい。江戸と東京の本の専門出版社といえば、誰がなんといっても青蛙房である。この青蛙房の本だけで棚1段を取る。そのあとに江戸学3段、落語1段、古典芸能2段とつづく。江戸学は入門書、事典もの、江戸と東京を歩く、江戸文化という流れ。古典芸能は立川談志を中心に落語、歌舞伎、能の順。

つぎは日本史棚。古文書、入門書のあと柳田国男、宮本常一など民俗学の世界が広がり、そこに網野善彦が加わってくる。ラストは戦後70年を踏まえ昭和史の特設棚2段。

この棚では、柳田国男と京極夏彦のコラボ作品『遠野物語remix』(角川学芸出版)と『遠野物語拾遺retold』(同)、服部英雄著による『蒙古襲来』(山川出版社)と『河原ノ者・非人・秀吉』(同)などの作品が興味をひく。ほかには、関裕二著『京都の闇 本当は怖い「平安京」観光案内』(講談社)、『石毛直道 食の文化を語る』(ドメス出版)などがおもしろそう。 

世界史は読み物中心の品揃え。テオドール・モムゼン著『モムゼン ローマの歴史』(名古屋大学出版会)、マティアス・ゲルツァー著『ローマ政治家伝』(同)、フェルナン・. ブローデル著『地中海』(藤原書店)、オーランドーファイジズ著『クリミア戦争』(白水社)、ティムール ヴェルメシュ著『帰ってきたヒトラー』(河出書房新社)などなど、ごつい書物がずらりと並ぶ。

ごつくはないが、読みやすくわかりやすいと評判の、神野正史著による『世界史劇場』シリーズ(ベレ出版)も、第1弾の『イスラーム世界の起源』をはじめ、『アメリカ合衆国の誕生』『フランス革命の激流』『第一次世界大戦の衝撃』など数点が展示されている。

そのあとが宗教棚で、仏教につづいていま人気の論語、武士道がクローズアップされている。

つぎに控えるのが思想・哲学の4段と心理学の2段である。

思想・哲学4段のうち3段は、サルトル、マルクス、デリダ、フーコーといった外国勢で、ベルナール・アンリ・レヴィ著『サルトルの世紀』(藤原書店)、イマヌエル・カント著『判断力批判』(作品社)、G.W.Fヘーゲル著『精神現象学』(未知谷)等々などが押さえられており、こう並べるだけで棚の雰囲気が直接伝わってこよう。

あと1段が鷲田清一、国分功一郎、井筒俊彦、池田晶子といった日本勢。

さて、3・5段を確保した、みすず書房の棚には、ハンナ・アーレント著『全体主義の起源』、『ユング自伝(上下)』、エドワード・T・ホール著『かくれた次元』、M・セシュエー著『分裂症の少女の手記』、神谷美恵子著『若き日の日記』等々の名著が、高密度に常備されている。もちろん『生きがいについて』をはじめとする『神谷美恵子コレクション』も。トマ・ピケティ著『21世紀の資本論』は平積み。永遠の名著、ヴィクトール・E・フランクル著『夜と霧』(みすず書房)は、平台に旧約と新約の2点が仲良く並ぶ。大型店以外でともに平積みする店はそう多くない。

絶対的評価を持つロングセラーから、誰もがうなる新刊の良書まで厳選されるこの棚は、みすず書房の〝モデル棚〟といえよう。それでいて、どこかつつましい。中規模の書店でみすず書房棚をつくるなら、こうありたいと思わされる。

未来社棚も1段に近い規模。名著である、R・ブルトマン著『イエス』、E・H・カー著『カールマルクス』、ミルチャ・エリアーデ著『永遠回帰の神話』、小林康夫著『表象の光学』などが陳列される。書店で未来社棚を設けるのは、大型店を除くと珍しい。しかしこの棚には、それだけの存在感が間違いなくある。

エーリッヒ・フロムのコーナーも常設。紀伊國屋書店出版部が刊行する『愛するということ』『生きるということ』『悪について』『希望の革命』以外では、『自由からの逃走』(東京創元社)、『夢の精神分析』(同)などの名著が揃う。 

人文書の平積み分も興味をそそられる。

小熊英二著『アウトテイクス』(慶應義塾大学出版会)、安藤礼二著『折口信夫』(講談社)、アラン著『幸福論』(日経BP社)、アントニー・ビーヴァー著『第二次世界大戦 1939‐45』(白水社)、小林正弥著『アリストテレスの人生相談』(講談社)など、先行き残っていくであろう新刊を、プロの目利きは決して見逃さない。

隣の棚にはサイエンス棚が4段あり、ライアル・ワトソン著『生命潮流』(工作舎)、F・ カプラ著『タオ自然学』(同)、レイチェル・カーソン著『沈黙の春』(新潮社)など自然科学の名著が置かれる。 

この店でこれらの本を目に焼きつけたお客さまは、この棚からどうしても離れられなくなってしまうだろう。現に、経営ビジネス書と文芸・人文書を自分の読書領域とする私など、立ち寄るたびに心悸(しんき)の高まりを覚え、棚の前でページをくくりながら、時間が経つのを忘れてしまう。すべての本を片っ端から読みたくなる衝動を抑えきれないのである。もし近くに勤めていたり住んでいたら、一日中、これらの売場=磁場に入り浸るにちがいない。 

                (次回につづく)