●Web連載1月号「誰も知らなかった「文庫」の全体像を描く(その2)」青田恵一

●Web連載「新・棚は生きている(1月号)
誰も知らなかった「文庫」の全体像を描く
―岩野裕一 著『文庫はなぜ読まれるのか』(2)
 

青田 恵一

  3 文庫の現代史

 本書、岩野裕一著『文庫はなぜ読まれるのか』(出版メディアパル)の、とりわけ歴史を扱う章には、文庫にまつわる、息もつかせぬドラマが繰り広げられている。

 なかでも現代における動向は、綿密に分析される。いまにつながる文庫の流れは、1971年(昭和46年)創刊の講談社文庫からはじまるようだ。講談社文庫の誕生は「その後の文庫出版の在り方を大きく変えるきっかけとなる、エポックメイキングな出来事であった(p62)」として、著者はこうつづけている。

 7月1日に一挙55点を投入、月末までに69点、年内に100点というハイペースで刊行して、書店店頭を一気に確保しようという作戦は功を奏した(p63)。

 当時まだこの業界に入っていなかった私は、ある本屋さんの入り口近くで、創刊されたばかりの講談社文庫が、平積みと表紙見せで全点並ぶ姿を目撃し、その鮮やかさに衝撃を感じた。思い返すと、生まれてはじめて見る表紙見せであり、ブックフェアだった。

 それはとにかく、このつぎに記されていることは注目される。

 総合文庫である講談社文庫の参入で、当初は既存の文庫への悪影響が懸念されたが、結果的には文庫売り場を活性化して、各社ともに相乗効果で売り上げが伸びるという結果となった。また、いわゆる古典的名著だけでなく、最近の話題作や人気作を続々と取り入れて、ロングセラー中心だった文庫本でベストセラーを狙ったのも講談社文庫の特徴で、ラインナップでは文庫初登場のオリジナル作が40パーセントを占めたという(同)。

 この新しい状況に即応したのが角川文庫であった。

 こうした動きに積極的に対応したのが角川文庫で、1970年に山本書店から刊行されたイザヤ・ベンダサン著『日本人とユダヤ人』が、71年2月頃から突然話題となって売れ始め、4月には大宅壮一ノンフィクション賞を受賞するとさっそく文庫化権を獲得し、早くも同年10月には角川文庫から発売して大ベストセラーとなった。講談社文庫の登場は角川文庫を刺激して、大々的な宣伝によるマス・セールや、話題書の早期文庫化、さらには文庫オリジナル、文庫書き下ろしという、文庫出版におけるスタイルの変化をもたらした(同)。

 ここには、講談社文庫がイノベーションを伴うかたちで登場し、それに角川文庫が同じくイノベーションで応えたことが描写されている。読者に取り、望ましい競争の姿といえようか。

 その後、73年に中公文庫、74年には文春文庫、75年にはハヤカワ・ミステリ文庫、77年には集英社文庫というように、大手文庫がこの時代に顔を揃える。また83年には、双葉文庫、PHP文庫、光文社文庫、知的生き方文庫といった、現在勢いのある中堅文庫が創刊され、文庫分野への「進出ラッシュ(p68)」が起こる。

 日本の出版売上は1996年(平成8年)にピークを迎えるが、文庫は2年前の1994年に山を越えている。このことを踏まえ、著者は文庫史をこう総括する。

 文庫の市場は飽和状態にあり、すでに収縮しているにもかかわらず、出版各社は書籍全体の売り上げも減少しているため、消費者の低価格志向で占有率の上がっている文庫ジャンルに参入せざるを得ず、結果として商品過剰状態が続いている(p72)。 

 この一節には、書店にとっての文庫の「痛し痒し」の事態が、うまくとらえられている。そういう状況をいかに打破していくか、これは三者共通の問題であるはずだ。 

4 電子書籍時代とデータから見た文庫とは

  第4章で著者は、「電子書籍時代の文庫とは」という問いを発する。電子書籍の歩みをふり返りながら、出版契約を軸に電子書籍と文庫の話題をつなぎ、権利処理の実際を描き出していく。
 とくに、文庫化をめぐり出版社と著者が争った太陽風交点事件や『空想科学読本』事件の裁判を例として取り上げ、出版業界にこう警鐘を鳴らす。

 これらの裁判は、出版社の契約や出版権に関する考え方の甘さを浮き彫りにしているが、その後も業界全体の意識が変わることはなく、本格的な電子書籍時代の到来を目前にして、ようやく事の重大さに気づき始めたというのが実態ではなかろうか。しかしながら、これまで出版界の慣例のなかであいまいに行われてきた権利処理の問題は、電子書籍はおろか、文庫出版という紙の本の世界においても、火種としてまだ大きく残っているのである(p102)。

 単行本と文庫、電子書籍の位置づけをどうするかは、今後、出版社の課題となるが、その具体的な例として、本書は、新潮社の電子書籍基本宣言を吟味する。著者は当宣言を評価してこう述べる。

  「宣言」の3番目にもあるように、「書店とも共存共栄を図らなくてはならない」出版社にとって、電子書籍というものを、長年にわたって培われてきた現行ビジネスモデルの中で、果たしてどこに位置づけるのかという大きな問題に直面した出版社が、電子書籍に文庫本よりも高い希望小売価格を示すことによって、出版社と書店の双方にとって重要な収益源である文庫出版を守り抜くという意思を示したものとして、きわめて大きな意味を持つと思われる(p110)。

 宣言の3番目とはこんな文章である。 

 電子書籍は、人々と書籍の偶然かつ幸福な出会いをもたらす書店とも共存共栄を図らなくてはならない(p109)。

 的を得ていて、そしてなんと美しい一文だろうと感じた(思えば新潮社は、電子書籍の価格がアメリカ並の半額ベースになりかけた流れを、8割程度に戻した出版社である)。このところで、ビジネスモデルの変更の姿が提示されている。従来は、単行本→文庫本→電子書籍であったが、これがどう変わるのか? 著者が出した答は111ページの図表にある。ここも必見!ですよ。

 ついでデータで見る文庫をとっくり解説する。書籍全体の減少に対し、文庫がある程度、好調に推移していることが指摘される。 

 文庫を含む書籍全体の販売金額は、ピークだった1996年の1兆931億円に対して2011年には8199億円と、25パーセント減少した。これに対して文庫の販売金額は、1996年の1355億円に対して2011年は1319億円と、2・7%の減少に留まっている。文庫の販売金額がピークだった1994年(1454億円)との比較でも、減少幅は10パーセント弱と書籍全体に比べて小幅であることが分かる(p131~132)。

 シェア(構成比)も同様で、「部数シェアで30%、金額シェアで15%を超えた1985年以降、多少の増減はあるものの、現在もほぼ同様のシェアとなっている(p132)」という。もっとも新刊点数の増大や平均価格の上昇についても併記される。

 そのあとのランキングのテーマも読みどころであり、大手出版社のベストセラー・ロングセラー商品の比較考察や、年間ランキングに文庫があまり入らないことが問題視されている。 

5 まとめ

  最後の「現場から見た『文庫』出版の特性」が、いわば本書の結論となる。

 8ページながら、文庫動向との格闘や、奥深い考察の跡を示す。皆さまは、現場から見た「文庫」出版の特性を3つあげよ、と問われたらどう答えるだろう。少し考えてみてからここに当たると、著者がいかに文庫の問題を思考してきたかが、よくわかるにちがいない。その答は145ページ以降になる。  

 文庫にはたいてい親本に当たる単行本が存在している。文庫は単行本が刊行され、それが一応売れ尽くしてから生まれる。親本刊行から2、3年後というのが一般的であろう。にもかかわらず、文庫本はよく動くし、場合により親本の何倍ものセールスをする。親本である単行本を扱う図書館や古本店もあるなか、よく考えると不思議なことだ。文庫はなぜ売れるのか、読まれるのか?

 文庫の特長として、著者は、廉価性、携帯性、保存性の3つをあげている(p150)が、この3つこそ文庫が売れる要因にほかならない。 

 本書は文庫の新人、新任担当にはもってこいの教科書になる。書店の文庫担当者はもちろん、出版社や取次会社の文庫関係者にも、ぜひ一読してほしい労作である。研修の参考書としても最適!といってよい。

 (次回につづく)

 Web連載「新 棚は生きている(12月号)

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*青田恵一(あおたけいいち)略歴

八重洲ブックセンター、ブックストア談などで書店実務を経験。
現在、青田コーポレーション代表取締役。中小企業診断士。
書店経営コンサルティング・店舗診断・提案・研修指導。

<主な著書>
『よみがえれ書店』『書店ルネッサンス』『たたかう書店』『棚は生きている』などがある。