『電子編集入門―編集者のためのsed活用術』 浦山 毅

ようこそ電子編集入門の世界へ

 


  ◎ 電子編集のススメ  

フリーソフト「sed(セド)」の活用=らくらく編集術 

『電子編集入門―編集者のためのsed活用術』
が生まれるまで 

東京電機大学出版局 浦山 毅

出版メディアパル・オンライン書店  

 本書でいう「電子編集」とは,具体的にはパソコンを活用して原稿整理を迅速かつ完璧にこなすことを指す。数ある編集作業の中にはパソコンで代行できないものも多いが,一方で代行させられるものは徹底的にパソコンにやらせることができれば,編集時間を大幅に短縮することができる。編集者は,そうして得られた貴重な時間を,原稿の深い読み込みやていねいな本づくり,また次の企画の調査研究や立案に充てることが可能になる。
 ここでいう電子編集とは,世間で曲解されている「編集者みずからがDTPによる組版を実践して制作コストを下げよう」という運動ではない。また,CD-ROMによるパッケージ本やインターネットによるオンライン本に代表される「電子出版」ともちがう概念である。
 電子編集が得意とするのは,文字に対する各種処理である。用字用語の統一に加えて,添字や書体変更といった文字の修飾に対しても強力に威力を発揮するので,DTPや電算といった組版ソフトに流し込む前の文章の加工や,電子出版用に原稿中に挿入するタグを整えたりする作業などに向く。
 電子編集では効率的なデータフローをめざして,原稿データはテキスト形式にそろえることを基本とする。電子編集作業の初歩は,ワープロのもつ置換機能を利用することであるが,真髄は「sed」(セドと読む)とよばれるソフトウェアを使用することにある。
 sedというソフトは,編集者が別に用意する「指示書」の命令に従って,原稿の表記(用字用語やタグ)を統一してくれる,きわめて優れた編集支援ツールである。sedの操作はいたって簡単で,Windows上で動く。しかも,sedは誰でも無償で入手することのできるフリーウェアである。sedというソフトは,ワープロがもっている一括置換という機能を,まとめて一気に実行するものだと理解していただければよい。
 たとえば,漢字の <従って> をひらがなの <したがって> に統一するには,ワープロでは一般に [編集]→[置換] を選んで,検索窓に <従って>,置換窓に <したがって> を入力し,実行ボタンを押す。
 これをsedでは,“s/従って/したがって/g”というように,スラッシュ記号の前後に検索例と置換例を書いて,文頭と文末に“s”と“g”を付けた指示書(これを「スクリプトファイル」という)を用意するだけで,あとは自動的にsedというソフトが原稿中の <従って> を <したがって> に置き換えてくれる。
 スクリプトファイルとは,“s/従って/したがって/g”という書き方に則って一括置換したい例を縦に並べた,テキスト形式の文書である。これは,編集者がふつうのワープロやエディタを使って書くことができる。スクリプトファイルをつくるのに,特別なソフトも必要なければ,高度なプログラミングの知識も要らない。表記をどう統一するかは考えなければいけないが,編集者であれば普段から表記統一の例は書きためているだろうし,何よりもこれを機会に編集ノートや頭の中を整理するのに絶好のチャンスである。
 電子編集では,整理した用字用語の一覧表が実際の仕事に生かせるうえに,スクリプトファイルをいちど作成しておけば,この先,何度でも,また別の原稿に対しても,表記統一に利用することができるのである。また,表記の例を少し変えたスクリプトファイルをいくつも用意しておけば,シリーズや著者ごとに表記統一のやり方を変えることもできる。
 しかも,スクリプトファイルでは「正規表現」とよばれる多彩な約束ごとが使えるので,かなり複雑な文字処理ができる。先のワープロの一括置換例では <従って> という文字列だけに注目しているので,たとえば「専従っていう立場は」という原稿中の文言も,誤って「専したがっていう立場は」に置き換えられてしまう。 しかし,スクリプトファイルではこういう誤変換が起きないように,「従って」の直前に「専」という字がきたときだけは置換しないように指示することができる。また,「…に従って」のように直前に「に」という字がきたときだけは,ひらがなでなく漢字のまま残すこともできる。 これが正規表現というルールで,この強力な約束ごとが使えるために,sedでは,ワープロの一括置換では実現できなかった繊細な置換を実行することができるようになっている。
 本書を読み終えるころ,あなたも,自分自身のスクリプトファイルを書いて電子編集を実践してみようという気になっていたら,とてもうれしい。そして,実際にsedを試してみて,その威力を体験してほしい。正直いって,sedのパワーに驚かれるにちがいない。ぜひ,本書を通じて電子編集を体得され,経験を積まれて,さまざまな編集に挑戦してみてほしい。

  2008年3月
                                        浦山 毅


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