書評 下村彦四郎著『書店の人と商品をどうするか』 青田恵一

 ■ 青田恵一のお奨めの一冊

新装版『書店の人と商品をどうするか』
下村 彦四郎 著 

青田 恵一

出版メディアパル・オンライン書店  

◎ 店売技術と店員教育

種は植えられていた ―― よみがえる下村書店学
  故下村彦四郎氏による渾身のライフワーク、『棚の生理学』3部作が、ついに復刊した。『書店の人と商品をどうするか』はその第2弾であり、オリジナル版は1966年の刊行。 これほど前に書かれた書店経営の本が揃って復刊されるのは、きわめて異例といってよい。
 出版に係わる仕事が、それだけ人間の営みとして、変わらぬものを持っているためだろうか。と同時に、著者の下村彦四郎さんが、すでにこの時代に、書店の経営と販売を突き詰めていたからでもあろう。
 第1弾の『書店はどうすればよいのか』が書店の経営面にスポットを当てたのに対し、この本では販売面に焦点を合わせる。どちらかといえば、店頭の問題を扱っているのだ。おもなテーマは、MD(商品政策)、販促、ハード施設、外売、教育システム。  MDでは、とくに商品構成が俎上に乗せられる。書店では、とかく商品管理のみが重んじられるが、それ以前に大切なのは商品構成ではないかと訴える。そしてこれを、絵を描くときのデッサンと彩色の関係になぞらえる。「デッサン(商品構成)がしっかり描けていないと、彩色(商品管理)のときにいくら技法を尽くして力んでみても、その絵は描く人の考えていた絵にはなかなか仕上がりません」。
 商品構成には、“ごはん”と“おかず”があるという例えもピッタリくる。“ごはん”とは、「主流出版物」であり、「ベストセラー(一般月刊誌)、学参・文庫・新書の一部、実用書の一部、辞書・辞典類」など。“おかず”はこれら以外を指す。ここで指摘されるのは、店によって“ごはん”のジャンルは共通でも、“おかず”は違うということ。この“おかず”ジャンルの選択と割合こそが、店の特長を作るものとなる。
 そうなると書店のタイプは、“ごはん”中心型書店と“おかず”中心型書店、そして“ごはん+おかず”型書店に分けられる。これらは、それぞれ、総合型、専門型、特化型の店づくりを示唆している。しかしこの時代に、すでに特化型書店が考察されていたとは…。21世紀に入りメガ・ブックセンターが激増しつつある。
 このようななか、既存店は突破口を探っているが、特化型はその有力な方向だ。これが、すでに60年代に検討されていたのである。
 つぎに販促面では、〈売れる〉よりも〈売る〉ことを意識しようと呼び掛ける。そしてこのひとつとして、「第二銘柄」の拡販を提案する。「第二銘柄」とは何だろうか? それは、必ずしも思い通りにならないベストセラーに対し、「仕入・販売面で操作ができ」「店の特色をいかんなく発揮でき」「販売高の優劣を決める大事な商品」である。店が指定する基本図書と考えてもよい。その基準として、年6回転以上の本、特定月に2回転以上するもの、他店が返品した新刊、季節商品などを挙げる。
 店舗施設というハード面では、照明の問題が中心になった。下村さんは、照明のポイントを「背表紙を明るくする」という点に置く。そして、店内と棚の明るいところに何を配するかということを軸に、照度を活かした陳列法や色彩を考慮した配列、また下の棚を明るくする方法、奥正面を明るくすべきことなどを吟味していく。さらに店の売上を決める導入面では、外から店頭を観察するようアドバイスする。とくに書店の顔であるウィンドーには、「適格なデザインとレイアウト」が欠かせないため、実際の通行人の反応で検証することも勧めている。
 そしてマネジメント面では、教育とリーダーシップの問題を扱う。教育問題では、新入社員の6ヵ月後教育を提言する。そうかと思えばリーダーシップでは、若い世代への働きかけを以下のように述べる。
 止められたら困るという疑念を捨てる、論理的に指示できるよう自己訓練する、若い世代の憧れに共鳴し理解しようと努める、一人前の社会人として認める訓練をする、整然としたコミュニケーション、給与体系の確立。これを読むと、いまと変わらない内容に、誰もがハッとするのではないか。 この他、適正常備や外売の必要性、さらに、ICタグを先取りするかのようなタグカードの導入!についても、熱く論じられる。
 もとより、60年代の状況を前提とした著作ゆえ、現代に通じにくい点や時代の流れが異なるところも、まったく無い訳ではない。しかしとはいえ、読者の視点から、書店の経営に迫ろうとする鋭い提言から、学ぶべき点も数多い。一冊の本を売ることの原理原則は、時代によってそう変わるものではないからだ。もっとも、ここから先は、我々、残されたものの課題となるのかもしれない。
 40年の時を超え、よみがえった『棚の生理学』シリーズを通読すると、現代書店の抱えている問題が、すでに根元から追究されていることに気がつく。書店マーケティング、総合化の限界、専門化・特化型の可能性、定番欠本の撲滅など基本の再構築、書店と出版社の関係、外売、人材育成と人件費率の問題、中小書店の生きる道…。 種は植えられていたのである。これを機に、この3冊の本から、問題のありかを、もう一度学んでもいいのではないだろうか。 そのためにこそ、下村彦四郎さんは、静かにこう語りかける。 ―― 他人は誰も助けてくれない、あなたのお店はあなた自身で対策を急がなくてはなりません。
 (『棚は生きている』より 出版ニュース 2005年1月上旬・中旬合併号掲載)
 
<編集室便り>
   本書は、40年前に書かれた「書籍販売学」である。時代背景が変わり、出版事情が激変したいまも、そのメッセージは最近書かれたように心に響くものがある。書店再生への道は、案外、本を売る基本技術と人にあるのかもしれない。
 先に出版した『書店はどうすればよいのか』は考え方の本でしたが、この本はもっとどろくさい日常業務の進め方・やり方の本のつもりです。そして、この本もまた取次業界誌その他に掲載したものを一冊にまとめました。
 書店が利潤を追求する手段の中には、たとえば正味問題のように、自分だけではどうにもならない間題とそうでない問題とがあります。すなわち一冊でもたくさん売るように努力することもその一つです。
 書店は、書籍や雑誌を一冊一冊地道に売るのが普通の姿です。店頭の客は、並べている書籍や雑誌の中から自分が選んで代金を払ってくれます。客に合わない商品の比重が多いと書店の経営が苦しくなるのはあたりまえのことです。
 普通の書店は、特別な商品を除いて何でも置きたいと欲張られますが、版元全常備品と新刊を普通に置こうとするには、165坪の売場面積が必要です。
 新刊・重版は、毎月2000点以上も出版されています。読者が発行2ヵ月後に書店へ足を運んでも、ロングセラー以外はどこの書店にも並んでいません。新刊はベルトコンベアに乗せられているように、取次店の返品倉庫へと流れて行きます。従業員にその本を尋ねても、まともな返事を得ようとした客のほうが失望します。このままでよいのでしょうか。 
 また、常備品の版元選択を正しくできない書店が多く、地価の高い倉庫には店頭に並び切れない商品がほこりをかぶって眠っています。これらは、委託販売制度の短所には違いないのですが、短所と長所は隣合わせにあるような気がします。
 展示する商品を選び、客の尋ねることに答えるのは従業員です。そういう意味から「商品と人」というテーマに絞って本書をまとめました。
 元・オーム社書店営業部長の下村彦四郎氏の販売実務書シリーズは、8月に発行した『棚の生理学』、10月に発行した『書店はどうすればよいのか』に続き、この『書店の人と商品をどうするか』で三部作が時代を超えて蘇ったことになる。
 『棚の生理学』シリーズ三部作に描かれたメッセージを改めて読むと、40年前に書かれた販売術であるが、下村彦四郎氏の描いた「書店のあり方」は、現在の書店の実情に相通じることが多く、学ぶべき点もまた多いことに驚かされる。未来を予見したその卓越した販売実務学を現在の書店人にお送りしたい。

出版メディアパル編集長/下村昭夫


<新装版『書店の人と商品をどうするか』目次> (A5判・256頁・定価2940円)

1. 商品構成を考えよう
  あなたの店は損していませんか/棚スペースをデザインする/今の2倍は売れる
2. 店売技術と店員教育
   売れる店売から売る店売へ/常備品にプラスする/客の目で外から店内を見直そう/
   店員教育をされる人のために/新入社員6ヵ月後の教育を考えよう
3.タグカードで商品分析

◎ 編集室だより