書評『出版と自由―周縁から見た出版産業』 湯浅俊彦
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書評「出版と自由―周縁から見た出版産業」

出版と自由― 周縁から見た出版産業

長岡 義幸著

出版メディアパル・オンライン書店 

湯浅俊彦 さんの書評 

 本書は2003年から2008年まで『出版ニュース』のコラム「ブック・ストリート 流通」に連載された記事を中心に収録しており、2002年に刊行された『ながおかの意見1994-2002』(ポット出版、2002年)の続編にあたる書である。まさに激動する出版業界のさまざまな出来事をフリーランス(インデペンデント)記者として、すなわち「周縁から」の視点で縦横無尽に論じている。
 前著でも「第2章 図書規制の実情―青少年条例強化をめぐって」「第7章 出版物を取り巻く規制―青少年条例と法的規制の動向」と2つの章を青少年条例問題にあてていたが、この本でもいわゆる青少年条例における「有害図書」、あるいは刑法175条に抵触したとされる「わいせつ図書」に多くのページを割いていることが特徴である。
 成人向けコミック出版社である松文館の『蜜室』の刊行が刑法175条の「わいせつ図画頒布」にあたるとして社長らが逮捕された事件では、2001年9月の摘発から、2002年12月の初公判、2004年1月の東京地裁による懲役1年執行猶予3年の有罪判決、2005年6月の東京高裁による罰金150万円の控訴審判決などをフォローしている。
 この裁判は結果的に2007年6月に最高裁が上告棄却を決定し、出版社社長に対する罰金150万円の有罪が確定した。著者はこの裁判を「久々に、当事者が“闘う”意志を示した本格的なわいせつ裁判」(本書p.12)、あるいは「表現の自由と流通の自由にかかわる重要な裁判」(p.15)と位置付け、被告支援の姿勢を貫くが、「かたくなまでの裁判所の姿勢を見ると、刑法175条を違憲とする判決が下ることなど金輪際ないのではないかと思える」(p.150)と落胆の色を隠せない。
 著者にとって公権力による「わいせつ図書」の規制は出版の自由と出版流通の自由を危うくする原点であると考えていることが本書全体を通して伝わってくる。ただ、本書を読んでいて「公権力」対「表現の自由」という単純な2項対立の図式だけで「わいせつ図書」の問題を語る時代は過ぎたのではないのだろうかという疑念が湧いてくる。著者が擁護する出版物の性表現に見られる性差別的側面など、時代と表現の緊張関係をもう少し重層的にとらえるべきではないのだろうかと思うのである。
 しかし、著者の真骨頂は具体的な事件のディテールを読むことにあると言えよう。例えば性描写のある成人誌の「シール止め」をめぐる行政と出版業界との攻防について紹介し、著者は次のように書く。
 「現在、シール止めをしている雑誌は170点に及び、部数は1800万部になるという。手作業のため、シール止めの費用は1冊15円ほどだ。これが2カ所になり、仕様が変わると30円近くになる。」(p.163)
さすがに出版業界紙の記者の経験から、当事者の出版社に綿密な取材を行い出来事のディテールを大切にしている姿勢が見られるのである。高所大所から論じるだけではない、小さな取材の積み重ねから生まれたライター魂のようなものを読む人に感じさせるのである。
 それにしても2003年から2008年にかけて、出版業界は大きく変化したことが本書によってくっきりと浮かび上がってくるのは読んでいて愉快である。
例えば小売書店が顧客の購入金額に応じてポイントを付与するサービスは2002年半ば頃から始まったが、著者は 「講談社・小学館をはじめとする大手・中堅出版社が小売店に対してサービスの停止を求める見解を明らかにした」(p.16)と紹介し、「ポイントサービスの問題は、むしろフレキシブルな対応を困難にする再販制の欠陥を露わにしたということだ」(p.19)と断じている。
 今日では講談社・小学館など大手出版社が新古書店最大手の「ブックオフ」の株式を取得し、「二次流通も含めた業界発展」を主張するという以前では考えられなかったような柔軟性を見せている。まさに著者が「あとがき」に書いているように「近い将来、再販制が見直し、ないしは撤廃されるのは間違いない」状況になりつつあるようである。
 本書には他にも「書店の倒産」「Googleブック検索」「新風舎の破綻劇」等々、出版業界をめぐるじつに多くの話題が提供されている。「出版の自由」問題だけでなく、出版メディアに関心のある多くの人たちに一読を薦めたい。

初出誌:図書館問題研究会『みんなの図書館』
発行:出版メディアパル
四六判・336ページ
定価:本体価格2,400円+税


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