Web連載3月号「山本隆樹氏、出版流通の変革を大いに論ず(その2)青田恵一

●Web連載「新・棚は生きている(3月号)

出版界の007
山本隆樹氏、出版流通の変革を大いに論ず(その2)

青田恵一

(前回よりつづく)

4 山本隆樹さん、取次会社に呼び掛ける

 山本さんは、古巣を含めた取次会社にこう提案する。
 取次会社は、マーケティングをもっとできないだろうか。たとえば配本の問題。出版社指定以外のパターン枠は、配本する書店の商圏を考えて設定できないかと思う。


 雑誌と書籍の売上構成比は、しだいに雑誌比率が下がりつつある。
 利益率のちがいを考えると、これは取次会社にとり深刻な問題となるだろう。その意味でも、雑誌対策にはさらに取り組むべきである。
 一例をあげるなら、お客さまの予約分が、伝票やシステムでわかるようになるだけでも、書店はかなり助かるにちがいない。予約分が不足し他の書店で購入する例が、中小書店では少なくない。同業他店に買いに行くのはもう止めさせたい。なんとかならないものか。
 書店の現状を考えると、取次会社によるM&Aが増えていくのは、やむを得ないかもしれない。この延長で、いっそ他業種、たとえばスーパーマーケットのバイヤー出身者に、仕入れにかかわってもらう手もあるが、いかがだろうか。

5 山本隆樹さん、書店に呼び掛ける

 書店をこよなく愛する山本さんは、その愛ゆえに書店に対しても厳しく叱咤する。以下はその要旨である。

 毎年、書店は減少しているが、出版流通の関係者が心配するほど、読者は本の入手に困っていない。本の入手方法や選択肢は多岐に渡るからである。書店はこの現実を、冷徹に見据えないといけない。

 このことを前提に、まずは出店とマーケティングのテーマから。
 企業書店と家業書店の格差がハッキリしてきた。いま、書店を開業しようとしても個人では1億円以上のキャッシュが必要となり、しかも、10年では投資した資金が回収できない状況にある。今後は、大手書店や親会社、あるいは銀行の資金を活用できる店だけが、出店の可能性を残している。
 立地条件は大都市圏周辺に回帰した(他の大手小売業も地方都市から撤退し、6大都市とその周辺に店舗を移動させている)。
 書店の最近の新規店は、駅ビルまたは6大都市の集客力のあるビルや、政令指定都市の近郷にあるショッピングタウンに入る傾向が強い。その規模は、出店投資額の回収が速く、他店との競争力もあるなどから、出版物だけで200坪が一番効率よいと聞く。

 ともあれ、出店の際のマーケティングには、しっかり取り組んでほしい。新規店への投資金額は、10年前までは5年で回収できたが、先ほども触れたように、いまはもう10年でも回収できなくなっている。
 以前の話だが、ある書店の社長さんは、物件前の調査を、毎日午後から夕方以降のピークタイムまで、1ヶ月間つづけておこなった(その間の社長の仕事は、副社長に任せた)。そこまでやると、さすがにやり過ぎだろうが、しかしこのくらいの意欲はほしい。 少なくとも金曜日、土曜日、日曜日と3日間はしないといけない。

 つぎにネット書店の影響について。
 リアル書店を苦境に立たせているのは、ネット書店の急成長と雑誌販売の売上不振である。ネット書店に対する読者の支持は中古書店の比ではない。ネット書店の顧客は、首都圏4県に集中し、つぎが大阪・神戸・京都を中心とした関西圏になる。
 中小専門出版社の売上の2~3割は、ネット書店との声が多くなった。この傾向は今後もつづくだろう。あとはどのように読者への告知と宣伝を仕掛けるか、知恵比べとなる。

 読者がネット書店を利用する最大の理由は、書名や著者で、居ながらにして本の検索ができることと、書店までわざわざ出向く必要がないことである。これからは、自宅や職場までの配送料無料の継続可能なネット書店が勝ち組となるだろう。

 このたび、アマゾンがはじめて日本の売上(2012年度)を発表した。それによると日本円にして約7300億円だそうである。そのうち、出版物・CD・DVDの売上は約2920億円と4割を占める。もっとも出版物だけの売上は不明。出版物は、日本出版販売、大阪屋、日教販などの取次会社からの仕入れと、出版社約1500社からの直接仕入れと両方がある。いずれにせよ日本国内の書店ランクは、1位アマゾン、2位TSUTAYA、3位紀伊國屋書店となり、この順位は当分変わらないものと思われる。

 リアル書店の未来は、その書店の規模によっても様々である。大手以外の書店は、その利便性からいってネット書店に歯が立ちにくい面があり、原点に戻って、地域読者の要求に応えられる施策を確立、実行することが求められている。

 ついで書店存続のコンセプトを検討する。
 書店の生き残り策として「地域密着化」をあげる声が強いが、地域密着化とは具体的になにを指すのか、その取り組みの内容・効果はあいまいとしかいいようがない。
 「地域密着化」を実現するには、前述のとおり、地域読者の要求に応えられる施策が必要になる。だが、それを実現するには、書店員不足が致命的。店舗スタッフが足りないと、店のマネジメントは、POSデータだけに依存せざるをえず、その結果、棚が荒れ読者の支持も得られなくなる。

 苦しいのは充分にわかっているが、従業員(できるだけ社員)を、もうちょっとだけ増やせないだろうか。増やしてなにをするのか、といえば、従業員ひとり当たり200人の顧客を作るのである。まずはお客さまの名前を覚えることからはじめよう。「きめ細かい接客」は現代書店の課題だが、名前さえ知っていれば、あとの接客サービスは自然に良くなるはずだ。これこそが真の「地域密着化」と考える。

 MD(商品政策)の要点は、まずは死に筋を減らすことである。「書店は書籍仕入の8割で売上が決まる」といわれている。このことは、出版社への呼び掛けのところでも述べたが、自店に合わない商品は、新たなものと入れ替えなくてはならない。

 書店の複合化が進んでいる。これは、日本の小売業のなかで、書店は、商品販売の効率性を示す指標――交叉比率が一番低いからである。といって、出版物以外の物販商品には、いまのところ決め手の業種がなく、バラバラの状況といってよい。当面、個別の店ごと、チェーンごとに、決め手業種の発見に向け模索をつづけるしかない。

 店員教育ができていない書店が多数ある。低い利益率からパート・アルバイトしか採用できないことはよくわかるが、書店の売場がかなり乱れがちなのも気になる。人材こそ肝要。教育体制をしっかり整えないといけない。

 独立店もチェーン店も大事なのは、後継者の問題である。みずから挑戦、構築、継続し発展させてきた事業を、だれに引き継げばいいのか。以前は跡継ぎを、他の店に武者修行に出した。現在は、それを受け入れられる店が減少しつつある。いまこそ自力で、人材を養成しなくてはならないときだ。
 外商の強化という意見があるが、外商コストを計算すると一人月商250万円以上売らないと採算が取れないこともわかっている。

 書店は、読みたくても読めない人からの注文を受けつける仕組みを構築し、埋もれた顧客の獲得を実現する方策を考えていけば、まだ生き残り策はある。それは断言できると思う。

6 山本隆樹さん、出版業界全体に呼び掛ける

 そして最後に、山本さんは出版業界全体に、こう呼び掛ける。
電子書籍が決定的な脅威になるのはもう少し先。(5年後、10年後だろうか。)ただ電子書籍が定着しようがしまいが、消費税増税もあり、業界は悲惨な状態になるかもしれない。現に、消費税が5%になった1997年以降7年間は、毎年1000店以上の書店が廃業となっている。生産年齢人口の減少からみても、書店は、1万店を割る日はそう遠くない。ここらで書店のことを、心して本気で真剣に考えてほしい。

 電子書籍業界がなにをいおうが、当面、活字ビジネスの主流はこれからも紙であることは間違いない。人口減少やメディアの多様化で出版物の流通量は少しずつ減ってはいくが、出版というパッケージメディアの信頼性はそう簡単になくならない。これからはむしろ、出版における情報の価値が試される正念場と考える。
 とはいえ、電子書籍で儲かり始めた出版社も出てきている。これから、電子書籍販売のマーケティングができない出版社は困るにちがいない。出版社の規模の大小ではなく、マーケティングができるかどうかで格差が出てくると思われる。そう遠からず、電子書籍のバーゲンセールが花盛りになるかもしれない。

 前にみたように、老人化率が25%を超えた地方都市は、少子化と人口流出で限界集落が市町村まで拡大し、消費人口が減っている。そのため書店経営は、さらに厳しくなると予想される。書店数は1万店まで減数するが、そのなかで生き残るのはどんな経営スタイルだろうか。そうも思うが、どんな経営スタイルでも、地域読者のニーズに沿った、仕入能力を備えている書店のみが生き残るのは確かなことであろう。

 ここまで、出版界の007――山本隆樹さんの思い、見解、哲学といったものを紹介してきた。最後の疑問。山本さんは、なぜこうまで情報通になれたのか。
 それは業界内外に、何百人もの情報網を持っているからだ。日々刻々、新しい情報が、山本さんのもとに流入してくる。とくに出版業界の外側(正確には出版業界の各企業と接点を持つ外部)からの情報が、多くて正しくて速いようだ。この情報網は、以前より現在にいたるまで、仕事を通して、山本さんが自力で作り出したものである。
 そんな山本さんの話の節々から、書店をなんとかしなくてはこの業界がもたない、という危機感がにじんでくる。私たちは、書店への愛から発信されたこれらの見解を、真正面から受け止め、咀嚼し、糧にしていかねばならないと思う。
                           (次回につづく)

 Web連載「新 棚は生きている(2月号)

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*青田恵一(あおたけいいち)略歴

八重洲ブックセンター、ブックストア談などで書店実務を経験。
現在、青田コーポレーション代表取締役。中小企業診断士。
書店経営コンサルティング・店舗診断・提案・研修指導。

<主な著書>
『よみがえれ書店』『書店ルネッサンス』『たたかう書店』『棚は生きている』などがある。