web連載11月号『復興の書店』(小学館)で書店人はこう語った(後編)
書店は〝街のオアシス〟である―「小売業としての書店」を目指して4

青田恵一

『復興の書店』(小学館)で書店人はこう語った(後編)

3 感謝の気持ちを語る
 
 被災しながら感謝の気持ちを忘れないのは、人間としての証かもしれない。
店が開いていること自体をとても感謝されてね。そのことに本当に励まされたんです。やっぱりやらなきゃ、って。もう商売ができないんじゃないかと諦めかけていたから、もう一度ここで店をできるのかもしれないと思ったら嬉しくてね・・・・・・(p78)。

 これは福島県の南相馬市にある、おおうち書店の大内一俊氏の述懐である。「本当に励まされたんです」が示唆するものを見失ってはいけない、そう思わされた。

 岩手県釜石市にある桑畑書店の桑畑眞一氏の言葉にも、耳を傾けたい。

 お客さんがついてきているからね。少しずつ、店が小さくても来てくれる人たちがいるんだ。その人たちのニーズに合った店にしないと駄目だから、この狭い敷地にどんな本を並べるか、日々、研究ですよね(p166)。

 「ニーズに合った店にしないと駄目」「どんな本を並べるか、日々、研究」、このふたつの指針はみずからに語ったものだ。にもかかわらず、なぜ私たちの胸を刺すのだろうか。

 4 MD(商品政策)を語る

 こういう大震災のとき、いかなる本にニーズがあるのか、どう対応すればいいのかといった、MDに関する教示にも出会う。

 以下の思いは、1冊の『少年ジャンプ』(集英社)の回し読みで話題になった、仙台市は塩川書店の塩川祐一氏のものである。

 自分たちの食料を確保するため、近所のスーパーに二時間、三時間と並んでいたときのことです。知り合いのお客様から「本屋さんはいつ開くの?」と言われたんです。聞けば、地震があってから子供が夜に泣く、と言う。夜中にテレビを見ていても恐ろしいニュース映像ばかりで、怖がって震えていると。せめて漫画やアニメや絵本を見せてあげたい――という思いは切実なものでした(p110)。

 本の役割を訴えてやまないコメントだが、さらにこうも呼び掛ける。

  『ジャンプ』が求められたのは、連載の続きを読みたいというニーズだけではないんです。ショックを受けて震えていた彼らが、マンガを読むうちに少しずつ子供らしい子供に戻っていく様子は、一冊の本の持つ力をあらためて実感させるものだったと思います(p111)。

 コミックを含め、私たちは本当に本が持つ力を知っていたのか、という問いが、ここには秘められている。

 前述した一頁堂書店での話。

 一頁堂書店では開店以来、津波で流された本を探してほしいという要望が頻繁に寄せられている(p182)。

 これは、流された本そのものを探してほしい、というのではもちろんない。お客さまは、流されたものと同じ本を、もう一度手に入れたいのである。ところが誰も、蔵書の記録など取っていないから、書名や出版社などの明細が不明なケースも少なくない。そんなとき一頁堂書店はどう対応したか。

 木村夫妻はタイトルが分からないときでも来店客と一緒にパソコン上で本を探し、これはと思う本の表紙の画像を見せては「これじゃない」「これも違う」と根気よくやり取りを続けることもあった。そんなとき彼らはここが「被災地の本屋」であることを強く実感するのだった(同)。

 MDのテーマを具体的に語った書店もある。宮城県は気仙沼の宮脇書店気仙沼本郷店は、より具体的にこう話している。

 雑誌は前と同じ種類を揃え、冊数は減らしてもアイテム数は変わらないように気を付けています。書籍はどうしても少なくなりますが、ここは学校が近いので学習参考書や楽譜の面積を多めにし、海の町なので海事図書も揃えるようにしています。毎日が試行錯誤の連続です(p177)。

 そのようにいうなら、この店は、立地の特殊性を生かし、学参、楽譜、海事図書を強化することで、特化型を志向していることになる。いずれにせよ「毎日が試行錯誤の連続」というところに、力強さを感じさせる。

5 お客さまのありがたさを語る

 それにしても、お客さまの存在が、これほどリアルなのも稀、かもしれない。たとえば、先述したジュンク堂書店の佐藤純子氏は、営業再開後、顔なじみの老夫婦から「佐藤さん、あなた無事で良かったわねェ」と声を掛けられたとき、「彼女の中で何かが吹っ切れた(p116)」という。

 何だか街の体温みたいなものが上がっているような気がしたんです。お客様と言葉を交わす機会が増えて、例えば本を勧めたときに「ありがとう」と言われることが多くなっていて。地震という同じ体験をしたからでしょうか、何となくだけれど、一人ひとりのお客様の雰囲気が温かくなったような…。そのうちに、やっぱり以前と同じように本を売ることが段々と楽しくなってきたんです(p116~117)。

 ここにも、今後の書店、また出版界が進むべきヒントが隠されている、と思うのは私だけだろうか。

 ともあれ、そのお客さまに向けて、画期的な施策を講じるのは、たびたび登場する一頁堂書店。

 二〇一二年の四月から、津波で親を失った子供のそれぞれの誕生日に、一頁堂書店専用の商品券を高校卒業までプレゼントする試みを始めている(p185)。

   まとめ
 
 心に刻みつけたい言葉は、まだまだ数多い。
 ぜひとも本書に当たり、お客さまともども苦難を乗り越えんとする書店人の、意気と情熱を感じ取っていただきたいと思う。

 地震と津波と放射能に襲われるという、極限のなかの書店を描いたこの一書には、行間から、あるべき書店像、いや「こうありたいと思う書店の姿」が、にじみ出ていると感じられた。

 思えば、販促、POP、接客、サービス、これらは究極のところ、〝思い〟を伝える手段にすぎない。逆にいうなら、思いさえ伝わるなら、なにを試みてもいい――そういうことも学べる本である。

 それと目次前の、岩手県、宮城県、福島県の地図「復興の書店MAP」には、取材書店の位置が示され、読み進めながら参照すると便利である。

 せっかくの感動ノンフィクションだから、ドラマ化や映画化、アニメ化も期待される。3・11が風化しつつある現在、出版業界内外において、この1冊の存在価値は重い。東日本大震災で被災したしないにかかわらず、書店の原点、もしくは理想の姿を考える際の必読書となろう。ご一読を強くお薦めしたい。

                               (次回につづく)