書評 「 『The Art and Science of Book Publishing』 と箕輪出版学」 下村昭夫

● 出版学研究ノート

 『The Art and Science of Book Publishing』 と箕輪出版学

―日本出版学会研究誌『出版研究』2001』掲載原稿―

下村昭夫

出版メディアパル・オンライン書店 

 

  本稿は、Herbert S. Bailey, Jr.氏の『The Art and Science of Book Publishing』に関するレポートである。原書は、1970年にHarper & Row社から刊行された。日本語版は1976年に箕輪成男氏によって翻訳され『出版経営入門―その合理性と非合理性』として出版同人から刊行された。
 1990年にオハイオ大学出版局からオハイオ大学出版局版が発行されたが、著者は内容的な変更を一切加えていない。その折に“今日的展望”をはしがきに加筆している。
 本書を翻訳した箕輪成男氏は、近年、壮大な出版史に挑み4冊の本を刊行された。円熟期に達したとされる“箕輪出版学”のルーツこそ『出版経営入門―その合理性と非合理性』だと私は思っている。
This is a report regarding The Art and Science of Book Publishing by Herbert S. Bailey.

Ⅰ.「The Art and Science of Book Publishing」なぜ書かれたのか 

 2009年の日本の出版産業規模が、1996年をピークについに2兆円を割り込んだ。失われた“15年の出版産業状況と出版学”への思いをめぐらすとき、現在の閉塞状態から抜け出すために、私は、迷わずに一冊の本を手にしていた。それが『出版経営入門―その合理性と非合理性』(ハーバード・S.ベイリーJr.著、箕輪成男訳著)である。
 原題は『The Art and Science of Book Publishing』(ハーパー&ロー出版社刊)である。箕輪成男氏は、その本を『出版経営入門』と訳し、サブタイトルとして「その合理性と非合理性」を付すことで、art and scienceの持つ意義を明らかにしようとした。アメリカのブリンストン大学出版局のベイリー氏が原書を最初に刊行したのが1970年、箕輪氏が出版同人から同書を翻訳したのが1976年のことである。
 ところで、ベイリー氏は、1990年にオハイオ大学出版局からオハイオ大学出版局版を出している。初版発行後20年たって、“全面改訂”を勧める編集者に答えて、本文には“一切手を加えない”で、リニューアル版を出すことにした理由をこう述べている。
 「第一に、出版事業の様相が、以来、あまりに多くの点で変化を遂げたから、もし、改訂するとしたら、全面的に手を入れることなるからであり、第二に、より重要なことだが、出版の基本原理はそうした時代の変化にも関わらず、少しも変わっておらず、本の真髄はかつてと同じくすばらしいものであることを信じたからである。したがって、ここでは、1990年代の読者に対するガイドとして、若干の今日的展望を付け加えるにとどめよう」。
 いま、私が紹介しようとしている『出版経営入門』は、出版同人版を基にオハイオ大学出版局版の“今日的展望”を収録したもので、2007年に出版メディアパルから“新装版”として復刻したものである。
 日本では、出版学の必読書として、最初に挙げられるのは、イギリスのスタンリー・アンウィン氏の『出版概論―出版業についての真実』(布川角左衛門・美作太郎訳、栗田書店刊、1958年)である。原題は『The Truth about Publishing』でその第6版を基にしている。現在、その第8版が日本エディタースクール出版部から刊行されている。もちろん、『出版概論』を出版学の基本図書に位置づけることに私は反対ではない。 アンウィン氏の本づくりの基本から多くのことを学び、また、感銘を受けたその文章を自書にもしばしば引用したりもした。
 ベイリー氏の『出版経営入門』は、まったく違った意味で“新鮮であり有益” である。アンウィン氏の『出版概論』とともに、ぜひ、出版学の必読書として座右の書としてほしい。
 ベイリー氏は、本書の“ねらい”を次のように述べている。
 「この本では出版界でひろく実践されている手法などにかなり触れてはいるものの、本来のねらいはそうした事柄を説明することではない。ねらいはあくまでも経営問題にある。すなわち組織のたて方、意志の伝達、対外・対内関係の処理、経営意志決定の類型、仕事の流れ、人事、資金、計画、新しい技術の問題等々といったことを分析的にとらえることに主眼をおいているのである。したがって出版におけるいくつかの大きな話題、たとえば著作権の問題などは、私のそうした目的に合致しないために全く省略されている。しかしそれにもかかわらず、この本を書くことが私にとって大変有益であったように、本書が他の人々にとっても有益であってくれることを望みたいのである」。
 本書の読後感は、「なぜ、文化的状況の異なるアメリカの出版人が、われわれと同じ問題を抱え、同じように悩んでいるのか」というある種の共感である。

まずは、本書の構成をご紹介しよう。
  第一章 出版における合理性と非合理性
  第二章 出版をめぐる環境
       Ⅰ 出版社の外的環境
       Ⅱ 出版社の内的環境
       編集部/デザイン部/製作部/販売部/経理部/役員室(経営者)/出版社に働く人々
 第三章 業務の流れ・つながり・決定 
       会社全体としての出版事業と一点ごとの出版/ミクロ出版における決定/
       編集作業の流れとマクロ出版の決定/原稿編集・デザイン・製作までの流れ/
       販売部における流れと決定/進行計画/資金計画
 第四章 ミクロ出版の経済学
       印刷部数の決定/新刊/敏感性/応用―印刷部数の決定/在庫の維持/ 定価と利益/
       印刷部数および定価についての要約/個々の書籍に賦課される経費/
       ミクロ出版からマクロ出版へ/割引(正味)/印税/出版計画/ シリーズ本/
       マーケット―独占と競争/マーケットの力学/
 第五章 出版経営と計画
       短期計画と長期計画/マーケットの成長/新しい技術の影響
 第六章 新しい技術
      フォトコピーの脅威/出版社の生きのびる途/本は陳腐化するか
 ■   エピローグ―質について
 ■   付録/参考文献 

Ⅱ. 『出版経営入門』の主な論点とそのエッセンス 

 第一章「出版における合理性と非合理性」を見てみよう。

 この章でベイリー氏は、本書で取り扱う“出版”の定義として、「この本が対象とするのは「書籍出版」である。書籍の出版は雑誌出版や新聞の発行とはまったく違う。ここでは“出版する”すなわち“公けにする”という一般的な定義の上に、“本の形にする”という言葉が付け加えられている」とし、本書で出版という場合に“書籍出版”をさしているとしている。
 さらには、「出版事業は本を作り、流通させるために近代的な機械設備を利用している。出版事業にはまたその組織と活動のためにあらゆる合理性を適用している。しかしまた、出版は、非合理性の大海の中で、そうした非合理に応え、非合理からの刺激を受けているのである。出版事業の根本ともいうべき創造性は多くはそうした非合理性の中から、著者の潜在意識や願望の結晶として育っているのである」としている。
 ベイリー氏は、そのような「出版における合理性と非合理性」を原題の『The Art and Science of Book Publishing』で表わそうとした。
 その“art and science”に触れて、箕輪氏は「本書の原題は“書籍出版におけるアートと科学”であり、この場合、アートは論理で割り切れないもろもろのものを意味している。出版には、合理性だけで済まない部分が沢山あり、それがある故に楽しく、やり甲斐もあるわけだが、同時にこれまであまりに文学的にのみ接近されてきた出版業を、科学的な方法で分析してみよう、というのが本書の主題である。したがって、日本語訳の書名も、アートをふくむべきであるが、ここでいうアートをうまく表現する言葉が見つからなかったので(芸術としては誤解されるおそれがあり)、簡単に“出版経営入門”とした」と“あとがき”に述べている。 

 第二章「出版をめぐる環境」を見てみよう。

 この章では、ベイリー氏は、“出版をめぐる環境”を外的環境と内的環境に分けて、まずは著者および読者との関係において外的環境を次のように見ている。
 「出版社とは、著者と読者を媒介する装置なのである。出版社は著者を探し、また著者も出版社を探す。出版社は原稿を選択し本にする。出版社はそして読者を探し、読者の方からも、また出版社を探すのである。出版社の役割は、読者を著者に媒介すること、あるいは特定の本を媒介することといっていいだろう。もちろん同時に出版社は、著者を読者の媒介していることになる」。
 次に、内的環境として、出版社内部の組織と仕事の流れおよび相互の連絡の問題を図式化して取り扱っている。通常考えられる一般的な出版社の内部組織として、「編集・デザイン・制作・販売・経理・経営(役員室)」に分け、それぞれの仕事の流れと意思決定の仕方に詳しく触れている点は、日本の出版社の仕事に流れとほとんど同じであり、出版社運営の基本教科書といってもよいだろう。ただし、販売関係は、日本独特の取次店の発達があり“再販制度並びに委託制度”の関連で、日本の出版事情と違う点があることを考慮しなければならない。
 また、採用、訓練、昇進など着目しながら人事の問題にも触れている。最後に“出版社に働く人々”について触れ、その人的構成を次のように分類している。
 (1)なにかひとつの専門業務を習得しつつある新人若干名
 (2)それぞれの業務の専門家若干名およびある業務の専門家であり、その他の業務の知識を持っている
   ベテランのプロ若干名
 (3)自分の専門領域についてよく知っているとともに、出版事業全体についても広く知識を持っている部長
   たち
 (4)経営者およびその直接補助者たち

 洋の東西を問わず、“城は人で持つ”という。経営もまた“人を育ててこそ成り立つ”事業ということなのであろう。 

 第三章「業務の流れ・つながり・決定」を見てみよう。

 この章で、ベイリー氏は、長期にわたる出版活動について触れている。最初に、出版を“マクロ出版”と“ミクロ出版”に分け、“マクロ出版”では、出版社全体としての経営の問題に触れ、仕事と資金のいろいろな流れおよび一連の決定の問題が考察されている。“ミクロ出版”では、個々の本について、執筆依頼、原稿の採決、著作権上の副次権、デザイン、制作、マーケッティング、出版部数・定価・正味の決定、広告の追加あるいは削減、重版の可否、定価および正味の変更などに関する問題を詳細に考察している。
 その考察は、見事に出版社の日常業務の問題点分析している。私が、ベイリー氏に共感を覚えるのは、この章の洞察力である。
 マクロ出版のまとめで、ベイリー氏は次のようにその二つの考え方述べている。
 「結局、貸借対照表と損益計算書、それに予算と資金計画は事業計画の流れを観察し、マクロ出版のレベルで一連の決定を下すために利用されるのである。マクロ出版の状況によって、ミクロ出版は規制を受けるし、そのマクロ出版の状況は、ミクロ出版の活動によって、大体は作られるわけである。ミクロ出版の活動は、1点ごとの本(あるいは出版計画)について、一連の決定を下すことから始まるが、その結果として生じたマクロ出版の状況によって、ふたたびミクロ出版活動に影響する諸決定が下されねばならなくなるであろう。このようにして、マクロス出版とミクロ出版の間には、不断の相互作用が存在するのである」。 

 第四章「ミクロ出版の経済学」を見てみよう。

 この章では、ベイリー氏は、「ミクロ出版の経済学」について分析している。個々の本について下される諸決定、とくに定価、初版部数および重版についての分析がユニークである。ある意味で、この第4章が、もっとも本書を特徴付けていることになるが、いくつかの代数公式や経営者が判断に下さねばならない代替案の相関関係を示すために、かなりのグラフが用いられており、本書では、もっとも難解な章でもある。
 ベイリー氏は、オハイオ大学出版局版の“はしがき”で「数式の背後にある意味合いは、すべて本文に書かれているので、そうした数式恐怖症の人々は、数式を飛ばして読んでくれることを希望している」と述べている。
 それはさておき、初版の印刷部数と定価の決定に興味をもたれる方も多くおられるの違いない。ベイリー氏は、最適印刷部数をについて次のように述べている。
 「在庫として保管する経費が、重版の時の整版費に等しくなる場合、最も経済的な印刷部数の決定がなされたということになるのである」。
 ここで整版費の定義をしておかねばならない。整版費とは「組版費、製版費、その他印刷を始めるのにかかったすべての費用」すなわち製作固定費ともいうべきものである。
 なお、本書を初めて読まれる方々にひとつ留意していただきたいことがある。この章で用いられている経営資料並びに個々の数字は、すべて1970年当時のものである。数字が大切なのではなく、個々の数字に対する考え方が大切なのである。
 このベイリー氏の考え方を発展させて、日本流の最適発行部数公式を作り上げた人がいる。その公式は、同名の『出版経営入門』(津嘉山朝裕著、日本エディタースクール出版部刊、1980)の中で紹介されている。元・福音館の取締役だった津嘉山氏の『出版経営入門』は、すでに“品切れ(絶版)”になっており惜しまれるが、日本の出版事情を計数的に分析した唯一の本といえ、事情が許せばぜひ復刻してほしい名著である。
 ベイリー氏の指摘は、最適定価にも触れ「ある本の最適定価は、総出版経費と需要曲線から計算される予測収入を比較して、利益が最大になるか、または損失が最小になるような定価である」「最適定価と最適印刷部数は、ともに変動費によって影響されるが、どちらも整版費のような固定費の影響を受けることはない」など示唆に富んだ指摘をしている。
 さて、ベイリー氏は先に示したオハイオ大学出版局版の“はしがき”で次のような重要なことを指摘している。
 「私の目的は出版を数字に還元しようとしているのではなかった。そうではないし、そんなことが出来るわけでもない、幸いなことに! 数字では説明できない著者と読者を結びつける出版者の役割こそがそのことを証明しているのである。そしてそれが出版という仕事の妙味なのだ。出版者の役割を果たすには、判断と冒険精神と趣味性が必要だし、知的な管理がまた要求されるのである」。 

 第五章「出版経営と計画」を見てみよう。

 この章では、ベイリー氏は、資金面の計画だけでなく、マーケットの変化や技術の変化をも考慮しながら長期の方針を検討するという、重要な事柄を解明している。
 出版計画(経営)を1年以内の短期計画と3~5年(ときにはもっと長期)の長期計画にわけ次のように述べている。
 「多くの商業出版社にとって、長期目標は利益性と成長によって表現することができるであろう。すなわち、投下資本に対して一定率の利益を確保しつつ、年々一定の比率で資本投資を増加しなければならないというようにである。そうした数量的な目標の根底にあるのは、その社が書籍出版事業を継続するという当たり前の前提である」。
 さて、マーケティングについてベイリー氏は、「もし商業出版社が、その目標を利益率と成長率という形で規定するならば、先ず第一にその目標が、現在従事している出版領域で達成しうるものかどうかを、見極めなければならない」とし、“マーケットの成長”、“マーケット内でのシェア拡大”“新しいマーケットの発見”“新しい読者の発見”さらにはそれらを達成するための“資金の確保”などに留意することを勧めている。
 この章の最後にベイリー氏は、新しい技術の影響に触れ「新しい技術が出版活動に大きな影響を与えるであろう」と“1冊生産方式”を予測している。
 コンピュータが未発達の1970年において、DTP(デスク・トップ・パブリシング)もまだ提唱されていない時期に、1冊生産方式”今日でいう“オン・デマンド印刷”を予測しているのは面白い。在庫問題が出版のネックであることに今も昔の変わりがない。 

 第六章「新しい技術」を見てみよう。

 この章では、ベイリー氏はコンピュータの発展が将来出版に与えるであろう影響を予測しながら、“フォトコピーの脅威”について触れている。
 「コンピュータと遠隔地間複製技術を組み合わせると、ある種の出版、たとえば学術雑誌、シンポジウムの報告書、若干の参考書などは時代遅れになるであろう」と予測している。ベイリー氏の頭の中には、おそらく“ファクシミリ”のような機械を描いていたのであろうが、今日では、それがインターネットを使って世界中の書籍を配信しようとする、いわゆる“グーグル問題”として、現実の火種となった。
 さらにベイリー氏は“出版社の生きるのびる途”と“本は陳腐化するか”という根本的なテーマに触れ次のように述べている。
 「われわれは将来の書籍出版の機構と経済が、一種のエレクトロニクスのグレシャムの法則によって、質の悪化をもたらすようなものとならないようにしなければならない。私個人としては、聡明さと計画があれば、新しい技術は、テレビの驚くべき普及と同様に、よい本をいたるところに普及せしめ、われわれの文化に偉大な貢献をするよう利用しうると信じている」。 

 エピローグ「質について」を見てみよう。

 ベイリー氏は“あとがき”で「私としては、すべての読者が本書のエピローグを記憶してくれるよう望みたい」と書き、日本の読者へのメッセージとしている。
 「出版者は経営のうまさによって世に知られるのではない。彼が出版する本によって知られるのである。出版の歴史は、偉大な本を出版した偉大な出版社の歴史である。それはまた、出版人が協力して作ってきた文芸思潮の歴史であるといってもよい」。
 さて、ベイリー氏は、1990年に オハイオ大学出版局版を出版するに当たり“今日的展望”を加筆したと書いた。その今日的展望して、ベイリー氏は “最後の一行”と“銀行家は言う「資金の流れに注意しなさい」”の二つの詩を例示している。
 当期純利益について書かれた“最後の一行”という詩は、韻を踏んだようにリズムカルで5節の4行詩になっており、最後に次の一文で結んでいる。
 「ああ、これほど心を痛めている「最後の一行」だけではまだ済まない。損益計算書に加えて貸借対照表と資金分析表という厄介なものが待ちかまえている」と結んでいる。
 次の“銀行家は言う「資金の流れに注意しなさい」”という詩は、7節の5行詩になっており、出版経営に携わるものにとって、もっと身につまされるに違いない。
  私の最後の一行は黒字だ。しかし、ちっとも効き目がない。
  私の資金は尽き、読者の払いは遅い。
  売り掛け金の増え方は、正に天文学的だ。
  結果は間違いなく…苦悩の連続。
  そして私は耳にする。銀行家が陰気な低音でつぶやくのを 「資金の流れに注意しなさい」

 なお、ベイリー氏は、新たに“付録”として、出版経営に必要な“種々の報告書とその様式“を加えている。用意周到なベイリー氏ならではの配慮である。 

Ⅲ.ベイリー氏と箕輪成男氏がみた“出版の近未来” 

 本書を翻訳した箕輪成男氏は、2002年から2008年にかけて、2年おきに次の4冊の本を出版ニュース社から刊行されている。
 『パピルスが伝えた文明』―ギリシア・ローマの本屋たち(2002年)
 『紙と羊皮紙・写本の社会史』(2004年)
 『中世ヨーロッパの書物』―修道院出版の900年(2006年)
 『近世ヨーロッパの書籍業』―印刷以前・印刷以後(2008年)

 箕輪氏の出版への想いは、“果てることのない道”を歩んでおられるように見える。出版ニュース社のキャッチコピーに「今や円熟の境地に達ししつつある箕輪出版学の大胆な挑戦」とある。そして、箕輪出版学のルーツはベイリー氏の『The Art and Science of Book Publishing』を『出版経営入門』と訳し、サブタイトルを「その合理性と非合理性」とした本書といえよう。箕輪氏は出版の“合理性と非合理性”の狭間で “出版の未来”を今も考え続けているに違いない。
 箕輪氏は、新装版“訳者あとがき”の中で、次のように結んでいる。
「IT技術の進歩によって、伝統的書籍出版の衰退がジャーナリスティックに取り上げられるこの頃だが、大型書店の棚には、魅力的な大著がますます花盛りで「書籍出版の衰退・滅亡」という予言が、無責任な根のないものであることが痛感される。本書が、そうした風潮の中で、書籍出版文化の健在に役立つことを願ってやまない」。

 箕輪氏の目には、明るい“出版の未来”が見えているに違いない。また“出版が消滅することなどありえない―”と信じているに違いない。それは冷静な科学の目で、書籍出版の現状を洞察したベイリー氏の目と同じであり、いまもなお輝きを失っていない。
 そしてベイリー氏は「出版はビジネスであり、ビジネスは利潤を生まなければならない。しかし出版の本当の目的は、本―よい本を生み出すことである」と、今も問いかけているに違いない。 

<余禄>

 ベイリー氏の『出版経営入門』の熱心な愛読者がいる。日本出版学会会員の中陣隆夫氏である。中陣氏は、『出版経営入門』を100回以上熟読しているという。
 その中陣氏のレポート「学術出版の経済性」が、『出版研究』(No.22、1991年)に掲載されている。東海大学出版局に勤めておられた当時のレポートである。ベイリー氏の『出版経営入門』を正に実践した論文でありご紹介しておく。 

<参考文献>

1.      新装版『出版経営入門―その合理性と非合理性』(ハーバード・S.ベイリーJr.著、
   箕輪成男訳著、出版メディアパル刊、2007年)
2.      最新版『出版概論―出版業についての真実』原書第8版(スタンリー・アンウィン著
   布川角左衛門・美作太郎訳、日本エディタースクール出版部刊、1980年)

 
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