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◎ 今月のプログラム
 日本ジャーナリスト会議出版部会“出版・ろばの耳”

著作権入門講座
(4)「頒布・頒布権」とは何か?
出版メディアパル編集長 下村昭夫

ユニ著作権センター学習会ノートより=著作権の基礎知識

T. 頒布の概念とその規定

   著作権法第2条第1項十九号によると、「頒布」とは、「有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与することをいい、映画の著作物又は映画の著作物において複製されている著作物にあつては、これらの著作物を公衆に提示することを目的として当該映画の著作物の複製物を譲渡し、又は貸与することを含むものとする。」とある。
 前段では、著作物全般の頒布を定義し、後段では、第26条で規定されている映画の著作物の「頒布権」を想定している。
 また、本条で、使われている「公衆」とは、第2条第5項に定義されている「この法律にいう「公衆」には、特定かつ多数の者を含むものとする。」をさし、不特定の人々に特定多数を加えた拡張概念である。
 前段で規定する「頒布」とは、「複製物を公衆に譲渡(販売・無料配布など)し、又は貸与(レンタルなど)すること」である。なお、出版とは、「著作物を複製し、頒布する行為」(第80条)である。

<頒布の一形態としての譲渡の概念> 
 譲渡に関しては、元々、映画の著作物の「頒布権」の一部をなすものと考えられていたが、諸外国では、これを「著作物全般」の権利としており、WIPOに加盟する関係から、1989年(平成11年)の改正で、新たに「譲渡権」が創設され、第26条の2で次のように規定されている。なお、譲渡後、この権利は消尽する(ファースト・セール・ドクトリン)。
 「著作者は、その著作物(映画の著作物を除く。以下この条において同じ。)をその原作品又は複製物(映画の著作物において複製されている著作物にあつては、当該映画の著作物の複製物を除く。以下この条において同じ。)の譲渡により公衆に提供する権利を専有する。」

<頒布の一形態としての貸与の概念> 
貸与権は、貸しレコード店の急増に対処するために1984年(昭和59年)に創設された条項で、第26条の3に次のように規定されている。
「著作者は、その著作物(映画の著作物を除く。)をその複製物(映画の著作物において複製されている著作物にあつては、当該映画の著作物の複製物を除く。)の貸与により公衆に提供する権利を専有する。」

  <映画の頒布権> 
 映画の著作物のみ譲渡権・貸与権を合わせて頒布権と呼ばれ、譲渡権と異なり、譲渡後も頒布権は消尽しない。第26条の「頒布権」の定義をみておこう。  第1項では「著作者は、その映画の著作物をその複製物により頒布する権利を専有する。」とあり、第2項では「著作者は、映画の著作物において複製されているその著作物を当該映画の著作物の複製物により頒布する権利を専有する。」とある。
 この映画の「頒布権」は、「フィルムの配給権」に起因する概念である。

  <頒布に「公衆送信」は含まれないのか> 
 第2条第1項十九号の「頒布」の概念に、「送信」は含まれていないが、デジタルコンテンツのネット配信は、実質的な「頒布」(配布)行為といえる。
 許諾を要する排他的権利を規定したアメリカ法第106条三号は、頒布権(the right of distribution)の概念として「著作権のある著作物のコピーまたはレコードを販売その他の所有権の移転または貸与によって公衆に頒布すること」と規定している。
 頒布を「所有権の移転」と解すれば、ネット配信は、受信先に送信先と「全く同じ著作物が複製され」移転される、疑いのない「頒布」の一形態である。 (この項、「アメリカ著作権法の基礎知識」山本隆司、太田出版、110ページ〜111ページ参照)

U.譲渡権・貸与権と出版者の権利 

 いま、出版界で、「著作権法」上の権利をめぐり、幾つかの問題点が浮上してきている。

<マンガ喫茶と貸与権>
 町の中に「マンガ喫茶」が登場して久しい。今では、インターネット・ゲーム喫茶との複合店が中心であるが、全国のマンガ喫茶は、推定3000店から3500店、年間500店から600店の勢いで増え続けている(日本複合カフェ協会調べ)といわれている。  2002年の推定売上が700億円程度、『一時間滞在が380円だとして、延べ1億8400万時間。一時間滞在中に1.5冊ペースで読まれたとして、2億7600万冊、定価換算で、1300億円分の読書総量になる』と、「21世紀を考えるコミック作家の著作権を考える会」(以下、コミック作家の会と略称)では、その被害額を想定していた。 
 2003年5月15日、コミック作家の会・日本雑誌協会と日本複合カフェ協会(加盟店450店)との間で、『協会の加盟店舗で取り扱うコミックスの使用によって得られる対価の一部を漫画文化の発展のために還元する』ことなどで暫定合意に達し、2003年末に実務協定を取り交わした。
 なお、「合意事項」のカフエ協会に対する便宜・特典については、「新規出店する場合、基本在庫を一定のロットで重版し提供する」「コミックスで欠本している巻を重版して供給する」「コミック作家の会の認定マークを発行し、差別化を図る」「ポスター・キャラクターの使用を認める」などが検討されており、その実務は、日本雑誌協会加盟出版社に委託されている。なお、この合意は、著作権法の改正を待たずに関係者間での合意事項。

 現行の著作権法に貸しレコード店の規制のため、「貸与権」が規定されたのが、1984年(昭和59年)のこと。しかし、レコードやビデオ・CDに認められている「貸与権」は、著作権法の附則4条の2で「書籍や雑誌の貸与の場合には、当分の間、これを適用しない」と20年間、権利放棄されてきた。  この附則の但し書き条項が挿入された背景には、貸与権が規定された1984年(昭和59年)当時の状況では、「貸本屋さん」の貸与による出版界への経済的影響が、「比較的少ない」と判断された他ならない。
 ところが、貸与権創設当時には、想定されていなかった漫画喫茶という新しいビジネスモデルの出現により、「本の貸与」をめぐる環境が激変したが、不足の適用除外規定は、放置されてきた。
 そのため、マンガ喫茶が「実質的なマンガの貸与」とも言える「店内閲覧」で、利益を上げたとしても、作家にも出版社にも「なんら還元はない」。
7年連続マイナス成長下で、コミックスの売り上げも激減、コミック作家の会などを中心に「貸与権確立」運動を展開してきた。
 なお、本の貸与権が確立したとしても、漫画喫茶での「店内閲覧」は、著作権法では、展示の一種と解され、貸与権をマンガ喫茶のすべてに適用できるわけではない。

<レンタルコミックと貸与権> 
 最近になって、レンタルビデオの貸し出しで、豊富に蓄積したレンタルノウハウを活用した「レンタルコミック店」が登場し、ビデオやCDとともに、コミックの大規模なレンタル事業に進出し始めた。
 加えて、ブックオフでは、レンタルコミックを併設し始め、レンタルコミックは、にわかに全国展開の「新ビジネス」として浮上してきて、全国で、300店舗に達したと推定される。
 二泊三日で、「一冊50円程度」でコミックスを貸し出すこの新商法の影響は、漫画喫茶や新古書店の影響とともに計り知れないものがある。
 韓国では、レンタル店が乱立し、韓国のマンガ市場が「10分の1」に縮小したと伝えられる。また、韓国では、ネット書店でのディスカウント商法の影響で、本の再販制度が危機に瀕したため、ディスカウントに規制がなされている。 書籍や雑誌の公衆への提供に対する「貸与権の適用」やアジアなどからの安価な「邦楽CDの逆輸入」の防止処置などを主とした著作権改正案が04年6月3日衆議院を通過・成立し、著作権法の附則の規定が削除され、本や雑誌にも、05年1月から貸与権が付与されることになった。
 「貸与権連絡協議会」(21世紀のコミック作家の著作権を考える会、日本ペンクラブ、日本書籍出版協会、日本雑誌協会などの関連団体)が中心となった運動がやっと実ったといえる。
 同協議会の藤子不二雄?代表は、「『作家の努力の成果が作家に正しく還元される仕組みを作る』このシンプルな主張を、多くの方が支持し、励ましてくださったことに勇気付けられた。」と、本や雑誌に対する貸与権が獲得されたことを歓迎するコメントを発表した。
 04年10月に設立された「出版物貸与権管理センター」では、代行業者を通じて、レンタルブック店とレンタル業務契約を結び、許諾料を徴収、出版社から、著作者への許諾料の分配をビジネスモデルとして想定おり、ビデオ・CDレンタル店の業界団体である「日本コンパクトディスク・ビデオレンタル商業組合(CDVJ)」を交渉団体として、レンタルブック店の「貸出し猶予期間の設定」や「許諾料金」などについての「貸与権ビジネス」の基本スキームの確立交渉をしてきた。交渉がまとまり、別紙のような合意事項が成立した。
 「貸与権が成立」したとはいえ、今後、レンタルコミックを中心とする新しいビジネスモデルがどんな発展を遂げるのか、動き出した貸与権ビジネスの近未来像はまだ見えてこない。

<新古書店と譲渡権> 
 さて、今ひとつ、出版界が頭を痛めている問題に新古書店の急増があげられる。 新古書店の実態は、明らかでないが、全国で約2500店、年間推定売上げで、1000億円(定価換算で2200億円)程度と想定される。
 その最大大手であるブックオフ・コーポレーションは、直営店167店舗。加盟店569店舗と全国870店舗で営業、2003年の営業規模は、213億8700万円、経常利益で14億5500万円。当期利益金で3億1100万円と書店売上ランクで、十位以内にランキングされ、経常利益で、紀伊国屋書店や丸善をしのぐ高利益を上げている。 しかしながら、その利益が、「出版社や著者に還元される」ことはない。 著作権法では、頒布権のある映画の著作物を除き、「すべての著作物に譲渡権」が認められている。
 しかし、その譲渡権の及ぶ範囲は、ファーストセールドクトリンにより、「最初の購入で、その権利が消尽する」ことになる。したがって、「正規に購入した本を誰にリセール」したとしても、「なんら法に触れることはない」といえる。 7年連続のマイナス成長下で苦しむ出版界を尻目に「わが世の春」を誇っている新古書店のビジネスモデル。この商法、再販制度下での出版界に寄生する「パラサイト商法」と批判されてはいても「合法」であり、「不況下で苦しむ消費者のニーズを捉えている」ともいえる。
 問題があるとすれば、新古書店の出店地域の町の本屋さんでの「万引き率が高まっている」と調査報告されていることである。
 簡単に「換金出来る新古書店」の登場により、換金目的での万引が増加し、新古書店が、子どもたちを含めた「万引の温床」になっているとすれば、その「仕入れ方法」に厳しい規制が求められるのは当然のことといえる。
 新古書店業界では、ブックオフ、フォー・ユー、テイツーなどで、リサイクルブックストア協議会を設立、「万引き問題への対処」や「新人作家育成のための基金を設立し、若手漫画家の育成を支援する」などと表明し、「何らかの形で出版界への還元を考えている」とのことであるが、今のところ、その具体案は、明らかにされていない。

<図書館のコピーサービスと版面権> 
 街の書店は、その本との出合いを作り出し、著者と読者を結ぶ最前線である。しかし、本との出会いは、書店ばかりではない。図書館もまた本との出会いを演出してくれる重要な施設である。
『日本の図書館―統計と名簿2002』(日本図書館協会)のデータによると、2002年(平成14年度)における公共図書館の数は、2711一館、登録者数4144万人、蔵書数3億1016万冊、貸出数5億1628万冊、予算336億円となっている。
全国の市町村3300のうち、公共図書館があるのは半数で、イギリスは、日本の13倍近くの公共図書館を有するという。
 この十年、図書館の利用者(登録数)が急増しているのは、「市民のための図書館づくり」を図書館の関係者が進めてきたからに違いない。
「図書館の貸出数の増大」が、「本が売れない」要因の一つにあげられており、そのため、図書館を「無料の貸し本屋」と捉え、「公共貸与権」の確立を望む声もあるが、図書館は「読者を育てる森」といえ、図書館と出版界の共存共栄は可能である。
 図書館と出版界の間の軋轢に「同一本の複数購入の問題」と「コピー機による複製」の問題がある。前者は、市民へのサービスと図書費の使われ方の問題であるが、図書館に「有料のコイン式コピー機を設置し、利用者への便宜を図る複製」は、著作権法31条の「図書館における複製」の規定からの逸脱といえ、「善処」願いたいものである。
 また、民間企業などによるコピー機による推定被害額は、年間200億円以上といわれており、出版者の権利(著作隣接権いわゆる「版面権」)を確立する課題も焦眉となっている。
 いま、必要なのは、図書館と出版界の対立ではなく、「図書館の充実のための予算の拡充」であり、活字文化育成のために協力してゆくことであろう。

V.表現の自由と出版規制 

<文春事件と出版差し止め> 
 04年3月、出版界を揺るがす『週刊文春』(3月25日号)の出版差し止め事件が起こった。「表現の自由と出版規制」をめぐるこの問題は、東京高裁が、地裁の出版差し止め命令の取り消し決定を行い、瀬戸際で「表現の自由」が守られる結果で幕を閉じた。
 報道する側の「人権尊重やプライバシーの擁護」という姿勢(編集倫理)が問われた事件といえるが、東京地裁が「事前検閲」ともいうべき、出版差止め命令を出した事実は、重くのしかかったままである。
憲法が保障する「表現の自由」は、「出版の自由と頒布の自由」が保障されてこそ、初めて成り立つ権利である。民主主義社会を発展させてゆくには、公的な機関や公人への批判は自由に行われることが重要であり、知る権利が保障されなければならない。その視点から、表現の自由は、他の権利に優越して保障されるべき重要な権利の一つとなる。
 明治憲法下における出版規制の法的基盤としては、新聞紙法や出版法があり、治安維持法があった。
 出版の事前許可制度という形で「検閲」が行われ、「発売頒布禁止処分と差押処分」という内務省(警察)による行政処分で、表現の自由を取り締まってきた。 戦後、現行憲法下においては、それらの出版規制法は効力を失い、憲法21条で「表現の自由」が保障され、「検閲は、これをしてはならない」と明確に禁止されている。
 戦後も、「表現の自由」を取り締まる規制がなくなったわけではない。刑法175条の「わいせつ罪」での出版物の取り締まりもその一つであり、04年1月には、松文館のマンガ「蜜室」に対する東京地裁の判決は、チャタレイ裁判の「わいせつ3基準」適用し有罪としたが、いま、高裁で係争中である。  昨今では、名誉毀損やプライバシー侵害でもさまざまな訴訟が相次ぎ、差止め請求されたり、高額の損害賠償が要求されたりしている。

<漫画休載と表現の自由>
 04年秋、集英社の『週刊ヤングジャンプ』に掲載されていた本宮ひろ志氏の連載漫画『国が燃える』が休載される事件が起こった。
 休載の経過は、同誌の04年11月11日発売号に週刊ヤングジャンプ編集部と本宮ひろ志氏の連名による「読者の皆様へ」という釈明が掲載されたことで公になった。休載の契機になったのが、中国での「南京虐殺」を扱った9月16日と22日発売号のシーンに対する電話やメールなどでの集中的な抗議行動。  「読者の皆様へ」によると、この漫画のテーマは、昭和初期を生きる架空の若い官僚の主人公の半生を描くことで、「歴史の流れの中で己の信念をかけて必死にいき抜く人間の姿」を示すことにある。
 批判意見の主なものは、「議論の分かれている事件をあたかも真実として描いている」「一方的に歴史を歪曲、捏造している」などするもの。その批判に対して、「皆様から頂いた多くのご意見にお応えするためにも、今後は、参考資料の選択、検証を含め作品の質を高めるべく鋭意努めてゆく所存です」と作品をしばらく休載する経緯と謝意を表明し、南京虐殺に関する計27ページのうち、21ページが「削除あるいは修正」された。
 連載は12月に再開されたが、この「読者の皆様へ」には、「南京事件はなかった」と主張する人たちからの言論抑圧があったとは書かれていない。集英社と本宮ひろ志氏の自主的な「釈明状」として読み取れる表現になっている。
 この異例の事態を受けて、すぐに思い浮かべたのが、82年に起きた『悪魔の飽食』をめぐる写真誤用問題とその後の言論抑圧事件である。
 旧日本軍の731部隊が、満州(現在の中国東北部)で引き起こした「細菌研究のための人体実験」を暴いた森村誠一氏の作品は、その当時、第一部が190万部、第二部が80万部と硬派の本としては異例のベストセラーであった。
 『続・悪魔の飽食』に使用された写真の一部が731部隊とは、まったく関係のない写真であることが判明、「写真誤用問題」へと発展、数十団体の右翼が、発行元の光文社の周りを囲み、光文社版の『悪魔の飽食』は、絶版に追いやられた。
 その後、角川文庫版『新版 悪魔の飽食』で、同書の復活を果たした森村誠一氏は、「ある思想なり、信念なりを発表し、それに対する暴力的脅威から、その思想を取り下げたり、変形したりすることは、日本にまだ真の思想、信条、表現の自由が確立されていない証拠です。『悪魔の飽食』をそのような忌むべき例証の一つにしてはならないと思います。」と、出版労連が発行している『出版レポート83年版』に書簡を寄せている。
 作品に対して、批判意見を表明することは自由である。作品に誤りがあれば、「訂正」することに異議はない。しかし、『国が燃える』で描かれている歴史観と180度立場を異にする抗議に対して、作品の一部の削除や修正に至ったことに驚きを感じている。
 批判を受けての修正から、「南京虐殺を描く作品がタブー視される」風潮が生まれるとしたら、言論・表現の自由にとって、重い足かせにすらなる。歴史を直視し「暗黒の歴史を二度と繰り返すまじ」と願うものである。

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