出版メディアパル(Murapal通信)


新文化連載「出版技術20年の変遷(下)」

 2003年1月から12月まで、「新文化」(第3水曜日発行号)に「出版技術20年の変遷」を連載することになった。このページでは、6月から12月までに掲載される「1995年以降の現在進行中の技術の変遷」をご紹介することにする。
出版メディアパル編集長 下 村 昭 夫


6 インターネット時代の到来変化(2003年6月18日号)
 1995年の秋、東京の秋葉原の電気街に「ウインドウズ95」を求めて、徹夜の行列が出来た光景を覚えておられるでしょうか? そして、午前〇時、カウントダウンとともに、ウインドウズ95を手にした若者たちは、歓喜の声を上げていた。
 誰もが使えるコンピュータ時代の幕開けであるとともに、インターネット時代の到来を告げる光景であった。
 一月から5回にわたってみてきた80年代前半から90年代前半の15年間の出版における技術革新の進行とウインドウズ95以降の技術革新の進行のテンポは比較にならないほど、大きな違いがある。
 ウインドウズ95登場ともに“花咲いた”と思われた「電子ブック」などのCD-ROM市場が97年をピークに急速に冷え込んでゆくとは、95年当時では、誰も予測しなかったことである。DTP時代も95年を境に、本格的導入が始まり、電子編集が当たり前の時代になった。
 電子書籍をめぐる華々しい話題に「紙の本の将来」を懸念する人も多い。だが、インターネットを通じて販売される電子書籍の市場は、10億円程度と意外にその市場規模は小さい。「電子書籍を読む読書習慣はまだ根付いていない」というのが、現状である。
 それに比べて、電子辞書の市場は400億円に達したと見られ、すでに「紙の辞書の市場を凌駕した」と言われている。ハンディで手軽に検索できる便利さに加え、意外と大きな文字で中高年の目にもなじんでいる。今後は、広辞苑などの国語辞書、英和・和英辞典、カタカナ辞典などに加え、古語辞典などを収録したことによる高校市場への参入が期待されている。
 だがその成功は必ずしも出版産業の成功とはイコールでない。なぜならば、電子辞書に提供されている「電子辞書ソフト」の契約が「ロイヤリティ」方式であり、その正味も驚くほど「安価」である。成功したのは、ハードメーカのビジネスモデルであり、出版社のビジネスモデルではない。同時に、電子辞書の多くは、書店ではなく、量販店などの家電器具・文房具器具のコーナーで販売されている。
インターネットというメディアが、世界中で、既存のメディアに大きな影響を与えたことは、誰もが認めることであるが、出版産業並びに出版文化への影響をリポートすることは容易ではない。
 時に触れ、述べられる「近い将来、紙メディアは電子メディアに駆逐される」という議論に、私自身は、半信半疑である。電子メディアとの共存の時代に紙メディアである「本というメディア」の魅力に強く惹かれている。



7 インターネットとメディアの変化(2003年7月16日号)
 「インターネット白書2003」(財団法人インターネット協会監修)によると、日本におけるインターネットの人口が03年の2月の時点で、5645万人(対昨年比22.2増%)に達した。
 ここ数年、急増した要因はなんといっても、携帯電話の爆発的な普及による若い女性を中心としたネット人口の急増があげられる。加えて、低価格でブロードバンド化を提唱した「yahoo!BB」のサービス開始に伴うブロードバンドへの関心からの需要増も大きな要因を占めている。
 女性の比率が、46.3%を占め、とりわけ、10代・20代では、男女の比率が逆転している。世帯普及率(自宅にインターネットの接続環境がある世帯比率)でも48.4%と急浮上している。
 年代別比率でみると、10代が12.7%、20代が22.4%、30代が23.1%と全体の58.2%を占めているが、40代が19.1%、50代が13.6%、60代以上9.1%となっており、50代以上の利用者が増加した。
 世界のネット人口は02年末には、約6億7080万人に達し、アメリカとカナダの北米が約1億8220万人、ヨーロッパが2億1380万人、アジア・太平洋地域が2億1520万人となっている。
 人口比の普及率で見ると、スウェーデンの64.9%が第一位で、アイスランド、デンマーク、ノルウエー、イギリス、スイス、フィンランドが50%を超えている。アメリカは、インターネットの利用者が1億6500万人と世界一を誇っているが、普及率では、世界第6位となっている。
 アジア・太平洋圏における普及率でみると、第1位がオーストラリアで56.8%、韓国、香港、シンガポール、ニュージランド、台湾と続き、日本は43.6%で第七位となっており、IT立国を唱えながら、意外と、インフラ作りで遅れをとっている。
 また、「デジタルコンテンツ白書2003」(財団法人デジタルコンテンツ協会編)によると、デジタルコンテンツの産業状況は、02年の推定で、パッケージ型の出版系コンテンツ市場は831億円(対前年比123.3%)。その内訳は、ナビゲーションで334億円(対前年比111.3%)、リファレンスで190億円(対前年比125.0%)、教育・教養娯楽で297億円(対前年比139.4%)となっている。
 ネットワーク型の出版系コンテンツ市場は2401億円(対前年比102.8%)、その内訳は、オンラインデータベースが2268億円(対前年比100.8%)、その他が129億円となっており、有料ニュースメール、電子書籍などのデジタルコンテンツ市場を成熟させるための良質なコンテンツの提供が待ち望まれている。
 パッケージ市場の動きを見ると、一枚のDVD-ROMに多種多様なソフトを集録することで、新しい需要を喚起しようとしているが、辞典・事典類はインターネットで無料公開されており、百科事典のCD-ROM市場は、厳しい時代を迎えた。教育系のCD-ROM市場は、02年度の新学習要領改訂に伴う新規購入で活況を見せたが、03年は一段落すると見られている。
 なお、オンラインデータベースの市場が、出版の市場からすると大きすぎると写るが、この白書の統計上、一般の商業データベースの市場がほとんどで、出版系といっても、テキスト系のデータベースと考えると誤解を招かないであろう。
 デジタルコンテンツには、速報性や検索性などの利点があるが、従来型の出版メディアには、捨てがたい便利さ、利用の簡便さがあり、一概にデジタルコンテンツに移行することが必然的要素とも思えない。当面は、共存共生の時代で、それぞれの特性を生かした活用の仕方が、望まれている。



8 eラーニングと教育革命(2003年8月20日号)
 2000年11月に「IT基本法」が成立し、政府は、2001年1月に「e-Japan戦略」を発表、2003年7月には、「e-Japan戦略U」を発表した。
 その戦略で言う、「国民が情報通信技術を積極的に活用し、その恩恵を最大限に享受できる知識創造型社会に向けた指針」を実現するには、高速・広域のブローバンド回線など、インフラ作りの課題とともに、IT技術教育など多くの課題が山積しているといえる。
 「e-Japan戦略」とその基本計画の決定を受け、にわかに注目されてきたのが、インターネットを駆使した教育革命である。
 2000年11月の大学審議会の答申では、「インターネットを使った大学学部卒業資格の124単位中60単位まで認める」ことが答申され、2001年度から、実施されている。
また、通信制の大学では、いわゆるスクーリング(直接対面授業)なしに、「124単位全部をWeb教育で取得できる」ように答申されている。
「eラーニング白書(2002/2003年版)」(先進学習基盤協議会編著)によると、eラーニング(e-Learning)とは、「コンピュータやネットワークによる学習」をいう。
 また、インターネットやイントラネットを利用したWebによる学習教育システム」のことをWBT(Web Based Training)というが、日本でも、インターネットを駆使したバーチャル・ユニバーシティを実現する法整備ができたことになる。
 このWBTの実現により、「双方向性を持ち、自由な時間に学習が可能」になり、「何時でも、何処でも、誰でも利用できる」ネットワークによる遠隔教育が、今、世界的規模で推進されている。
すでに、アメリカでは、四年制の公立大学の七〇%がeラーニングのよる遠隔教育を実施しており、MIT(マサチューセッツ工科大学)では、その教育カリキュラムをインターネット上に公開しているという。
 大学審議会の答申によると、eラーニングの教育システムとしては、次のような要件を挙げている。
 「文字、音声、静止画、動画等の多様な情報を一体的に扱うもの」「電子メールの交換などの情報通信技術を用いたり、オフィス・アワー等に直接対面したりすることによって、教員や補助職員(教員の指導の下で教育活動の補助を行うティーチング・アシスタントなど)が毎回の授業の実施にあたり、設問解答、添削指導、質疑応答等による指導を行うもの」「授業に関して学生が相互に意見を交換する機会が提供されているもの」などとなっている。
 さて、この新しい「教育・教材にどのように対応できるのか」が、いま、出版社に問われていることになるが、これは、システム的に高度な「ホームページ」作りといえ、「動画、ナレーション、静止画、画像、アニメーション」とまるで、「インターネットを使った教育映画」作りに譬えることができよう。合わせて、知的財産権(著作権)についても高度な知識が要求されることになる。
 eラーニングを含むデジタルコンテンツの将来を握るキーワードの一つが、広域・高速の「ブロードバンド」であるとすれば、もう一つのキーワードは「リッチコンテンツ」である。リッチコンテンツとは、単に「情報量が豊かである」というだけでなく、映像と音声を駆使した「高度な品質(価値)を持つ」コンテンツをさしている。
出版は、また、「新しい課題を電子メディアから突きつけられている」ことになる。



9  出版社とインターネット(2003年9月20日号)
 現在、4400社程度存在する出版社のうち、ホームページを開設しているのは、2000社程度とみられる。年度によっても異なるが、年間に一点以上新刊書を発行した出版数は、3700社程度となっており、このうち、五点以上の新刊を発行した出版社数は、1500社程度となっている。
 ホームページの内容としては、「書籍データベース、商品受注システム、自社案内、情報サービス、書店情報、リンク集」などとなっており、サービスの内容も「新刊情報、コラム、講演記録、ダウンロードサービス、プレゼントコーナー」など多種多様であるが、一部のWebサイトを除いて、今のところ、個々のホームページは魅力に乏しく、見応えのあるホームページつくりは、これからの課題といえる。
インターネットを利用したサイバー書店の動向は、紀伊国屋書店、八重洲ブックセンター、丸善などの「書店在庫型」に加え、「eS-Books」「bk1」などの「取次在庫型」あるいはブックサービスなどの「集配型」とサイバー書店のビジネスモデルが出揃い、三年経ったわけであるから、それぞれのネットビジネスの全貌を明らかにして欲しいところであるが、一部を除いて、その決算内容は、明らかにされていない。
 一斉に開花したサイバー書店のうち、「BOL」の「bk1」への業務移行に見られるように、既に淘汰の時代を迎えており、生き残りを掛けたビジネス戦略が激しい火花を散らしている。
 推定によると、ネット書店全体の売上げは、2001年の推定140億円程度から、2002年には一気に三四四億円程度と急増した。中でもアマゾンコム・ジャパンは、和書100億円、洋書60億円、CDなどのマルチメディアソフト40億円と、初の200億円に達したと見られる。
 堅調なのは、推定48億円と安定した売上げを上げている「紀伊国屋書店のBOOKWEB」のなどの書店在庫型Webで、書店在庫を利用するため、新しい投資を必要としないため、利益性が高い。また、トーハンなどの「eS-Books」が36億と活況、ブックサービスも59億円のうち、オンライン受注は20億円に達するという。
 小学館系の一ツ橋グループの「s-book」や講談社の「Webまるこ」、文藝春秋などの「BON」のようになど大手の出版社を中心に共同の受注サイトを作る新しい動きも活発化してきた。出版社独自のインターネット利用の通販受注を実施している出版社数は、650社程度とみられるが、今後、急増することも予測される。
 さて、出版社のネット通販が活発になってきているが、いくつかの課題がある。
 一つは、課金の方法や決済の方法である。代金の回収は、宅配便の「コレクトサービスの利用」か「クレジットカードの利用」ということになるが、今後、急増するクレジットによる支払いのセキュリティが問題になる。
 アクセスしてくれた読者がリピータとして、恒常的な利用者になるための「さまざまなサービス機能」「欲しい情報の提供(リコメンド制)」をどのように構築するのか。Web時代のスキルが要求されている。
 それには、アクセスしてくれた読者の購入データベースをどのように構築するのかという、新しいコンピュータ活用技術が要求される。
 何万人もの読者のアドレスが、「宝の持ち腐れ」では、Web利用から、新しいビジネスは生まれてこないといえる。幸いにして、Web利用の成功事例も多くある。今、その成功から、学ぶことが重要である。



10 DTPとのつき合い方(2003年10月15日号)
 いま、DTPなしには、“本づくり” を語ることが出来ないほど、印刷現場も編集現場も変化したことは前にも述べた。
 さて、それでは、DTPとの付き合い方について、どんな問題点があるのかを考えてみよう。DTPは、単に、“卓上コンピュータによる編集”という概念だけではない。編集者が今まで手作業で進めてきた原稿調整・組版指定・レイアウトなどの“本づくり・編集作業”全体をどのように、“デジタル化”していくのかという思想である。
 よく、職場では、“組版代が要らなくなり安くなる”といったコストメリットだけからDTP導入が計られる事例を耳にするが、コストと作業性の関係は、そう単純ではない。編集の流れがうまくいって、印刷所とのシステム環境などが改善されて、初めて作業性が改善され、“安くもなり、早くもなる”といえる。
 DTP導入で便利にはなったものの、毎晩一二時近くまで“Macと残業”というのでは、何のための“電子編集なのか”と、職場の不満と課題が残る。コンピュータはあくまでも、編集のための一つの道具として捉え、コンピュータを使って、“何をどのように作るのか”という側面からも、DTPシステムとのつき合い方を考えるべきである。
 しかし、日本では、一般にタイプセッティング(組版)に関するスキル(技術)が子供の時から身についているわけではないし、デザインやレイアウトなども専門のエディトリアル・デザイナが行うなど、編集全体が分業化することで、出版の仕事が成り立っているから、それを一人の編集者が、すべてDTP編集で行う技術としてマスターすることに無理がある。
 無理やり導入することで、徹夜作業の連続になったりして、システムを上手に活かしきれないでいる状況や、職場の片隅でDTPシステムが、“ほこり”を被ったまま放置されることもしばしばである。
 編集職場でのDTPシステム導入のためには、まず何よりも、“導入の目的意識”を明確にし、システムの価格はもとより、導入面での技術的課題、組版技術の修得、ランニングコストの検討、編集労働の変容に伴う労働面での検討などが重要になってくる。社内の人的な構成によっても考え方が変わってくるし、周辺環境の整え方も変わってくる。
 要は編集製作上、どのように利用し、どの範囲までを編集労働として取り込むのか、編集者として、製作工程上の品質管理、工程管理、コスト管理の三つの側面から捉えることが重要だといえる。
 考え抜かれた導入と技術の蓄積の結果、初めて情報の内製化≠ノよる他の電子メディアへの変換やインターネットへの活用などのメリットも出てくるといえる。将来的には、自社内のデータベース化などの可能性も考えられる。



11 ネット時代の著作権法と出版(2003年11月19日号)
 マルチメディアの著作物とは、「文字、音声、静止画、動画などの多様な表現形態の情報を統合した伝達媒体またはその利用手段で、単なる受動的な利用でなく使用者の自由意思で、情報の選択、加工、編集等ができる双方向性を備えたもの」(著作権審議会の答申案)と定義されており、コンピュータソフトやデータベースの著作権の延長線上にある特異な著作物として立案される方向性にある。
 マルチメディア自体の著作権法上の問題として、その著作物性、制作に係る権利の帰属、利用に係る権利の内容、利用に係る権利の制限などの諸点が議論されており、新しい概念を作りあげるため時間をかけて検討が継続されている。
 文化庁では、画像・音声・データなど幅広い著作権を一元的に管理するための「著作権権利情報集中機構(JTCIS)」を発足させる構想を進めており、マルチメディア著作権の法制化に先立って、「マルチメディアソフトの素材として利用される著作物に係る権利処理」について、製作者・権利者間の契約における許諾範囲の明確化、利用者による改変と同一性保持権との関係、権利所在情報の提供体制の整備、権利の集中管理の必要性などの環境整備を急いでいる。
 1996年12月、WIPO(世界知的所有権機関)では、著作権に関するベルヌ条約を補強する新条約を採択した。その新条約によると、「コンピュータプログラムやデータベースの著作権の保護」「著作物の頒布やレンタルに関する著作者の許諾権の承認」「写真の著作物の保護期間の拡大」「コピー機能解除装置の販売禁止」「著作権に関するデータベースの改ざんの禁止」などが採択された。
 この採択を受け、写真の著作権が「公表後50年」から「死後50年」(国際的には死後70年)へと改正された他、ネットワーク時代への対応を含んだ次のような「改正著作権法」が1998年1月から施行された。
 「ネットワークへの接続行為について、実演家及びレコード製作者に許諾権(著作隣接権)を認める」「著作物をネットワークに接続する行為を送信に含め、著作権が及ぶこととする」「同一のLAN(企業内情報通信網)内でのコンピュータプログラムの送信を送信の保護に含め、著作権が及ぶこととする」「無線によるインタラクティブ送信について新たな規定を設け、概念上、有線との区別は行わない」などとなっており、「公衆送信権並びに送信可能化権」という新しい概念が著作権法に規定された。その後、1999年10月改正では、プログラムのコピープロテクション解除装置の製造・販売を禁止することなどが決められた。
 最新の動きでは、アメリカ国内のコンテンツ産業と通信産業の激しいロビー活動が行われており、規制の強化を求める映画や音楽のソフトウェア業界と、厳しい規制は通信サービスの高コスト化を招くとする通信産業界での綱引きが活発化してきており、インターネットをめぐる著作権の動きは、なお、流動的である。
 著作物も著作権の概念も、「ゆらぎの時代」を迎えているといえるが、ゆらぎの時代だからこそ、著作権を中心とする知的財産権法の基本をしっかり理解する必要があるといえる。



12 本と編集者の世界=出版の近未来(2003年12月17日号)
 インターネットを利用した出版の試みはさまざま行われているが、経済的規模で見る限り、現在のところ、出版活動にそう大きな変化を与えていないといえる。
 一番大きな変化は、情報の送り手と受け手の差がなくなり、ホームページなどを利用して、ユーザー(読者)が同時に情報の発信者になったことである。この現象を本の流通の世界に置き換えて考えてみれば、「著者→出版社→取次→書店→読者」という情報の流れが、「著者→読者」というふうに変化することを意味している。
 私たち編集者は、「著者の貴重な思想または感情の表現物」を本や雑誌の形に仕上げる仕事をしてきたわけである。したがって、そのコンテンツ(中身)は、著者の著作権であり、本というパッケージを発行する出版権を出版社が持つという形で出版業が成り立っているといえる。
 しかし、インターネットやパソコン通信などのオンラインによる情報の受け渡しが、当たり前になってくると、本を取次や書店を通して、読者に届けるという配送システムそのものが、大きな変化を受けるといえる。もっと極論すれば、書き手である著者が同時に情報の発信者になるわけだから、出版社も消滅してしまうとも考えられる。
 このような状況を先取りして、「本がなくなる」という議論も一部に活発で、21世紀には、インターネットなどのオンラインメディアや他の電子メディアに、出版・印刷という紙メディアあるいは印刷メディアが吸収されるかもしれないという「近未来のインフラ像」(社会的基盤)を描く人もいる。
 しかし、私は、「本は生き残る」と思っている。かつて、音のメディアであるラジオが普及したときにも、また、音と映像のメディアであるテレビが普及したときも、同じように、活字メディアがなくなるという議論があったが、本も新聞もりっぱに生き抜き、それぞれのメディアが、「共存共生」している。
 文字中心の文化の中で仕事を続けてきた私たちは、映像や音楽など複合化されたメディアづくりに慣れていかなければならないし、映像デザイナーや音楽家との著作権の交渉なども必要になってきている。
 元々、編集者は、さまざまなクリエーターと協力して本づくりをしてきたといえる。本づくりのコンダクターだけでなく、映像や音楽を含んだ映画のようなメディアの中でのシステムプロデューサーとしての企画能力が試されることになっていくのであろう。
 文藝春秋を育てあげた池島信平氏は、次のような編集者の六箇条を私たちに残してくれている。
 一、編集者は企画を立てなければならない。
 二、編集者は原稿をとらなければならない。
 三、編集者は文章を書かなければならない。
 四、編集者は校正をする。
 五、編集者は座談会を司会しなければならない。
 六、編集者は広告を作成しなければならない。
 どうやら、現代という時代は、この七番目に「編集者はコンピュータが活用できなければならない」という一条が付け加えられそうである。

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 1月から12回にわたって、80年代以降の出版における情報のデジタル化の進展とその影響を見てきた。
 編集の仕事は、「読者とともに、著者とともに、同時代を考え、夢をはぐくみ、未来へ向けメッセージを送り続ける」ことである。
 その夢とともに、一人一人の「本と編集者の世界」があり、本を作り続けてきた歴史の上に、その夢が発展するわけだから、今、「編集の心と技を学ぶ」ことが、求められているといえる。
 電子メディアの可能性が強調され、華々しくさまざまなシステムが発表されるごとに、本という紙メディアのすばらしい機能に魅せられるという皮肉な結果を生んだ。
 進化し続けるであろう電子メディアとともに、紙メディアである本も輝き続けることを確信して、この連載を終えたい。


©2003年 Shimomura