出版メディアパル(Murapal通信)


1.1  出版再生への道を考える

英文版 出版再生への道を考える(63kb.pdf)

 二〇〇一年は、 『だれが「本」を殺すのか』『出版大崩壊』『出版大動乱』『出版再生』などの業界分析を試みた出版が盛んに行われたが、本稿では、出版科学研究所の産業統計から、出版の歩んだ道とその軌跡を追うことで、「出版再生への道」を考えてみることにしたい。

一.出版産業の現状と課題
 出版科学研究所の「出版指標・年報」によれば、二〇〇一年の取次を経由した出版物の推定売上は、二兆三二五〇億円で、書籍は九四五五・五億円、雑誌は、一兆三七九四億円である。
 一九六〇年代から一九七五年までは二桁成長、一九七六年から一九九六年までは一桁成長、九七年から五年連続のマイナス成長となっている。
 出版の推定売上が一兆円を突破したのが一九七六年、二兆円を突破したのが一九八九年のことである。また、一九七〇年代の初めに、雑誌の売上げが書籍の売上げを追い越し、その後、出版産業の成長の推進力となったのは、雑誌の成長であったことは良く知られていることである。
 一九八〇年代の一〇年間の成長率は四〇・四%、一九九〇年代の一〇年間の成長率は、わずかに五・一%、昨年の推定売上は、一〇年前の水準まで、落ち込んだことになる。
 推定売上で見れば、一九九六年の二兆六五六三億円がピークであるが、書籍の推定販売部数で見ると、一九九八年の九億四三四九万冊がピークで、二〇〇一年は七億四八七四億冊にまで減少している。
 新刊発行点数は、二〇〇一年には六九〇〇三点と増加の一途を辿り、一日三〇〇点近い新刊書が、書店に委託配本されていることになる。
 その新刊点数の増大が、新刊委託の展示期間を著しく縮め、「返品率の増大」の一要因であることは、「事実」であるが、戦後の書籍返品率の推移を見れば、「新刊点数の増大と返品率の相関関係」は、必ずしもない。
 むしろ、書籍返品率が三九%と高い「主要因」には、委託制度下における取次・書店の取引条件が強く反映していると思われる。
 一般に新刊委託品は、「出版社・取次間で六ヶ月、取次・書店間で四ヶ月」であるが、取次からの書店に対する請求は、通常、納品の「翌月から一〇〇%」行われている。
 つまり、日本における「書籍の委託制度」は、「返品条件付の売買契約」であることになり、書店側からすれば、「4ヵ月後に精算される」とはいえ、「過払い」にならないように、「新刊書の返品を急ぐ結果」が、恒常的な「返品率の高さ」の主要因と見られる
 一方、出版社・取次間の委託契約は、六ヶ月間であるが、大手版元を中心に約三〇〇社あまりの出版社には、納品の翌月には「一定の条件支払い」が行われており、それがマイナス成長下にも関わらず、「新刊点数の増大を招く」、一要因になっている。
 加えて、新規取引を開始する出版社には、「委託送品歩戻し」あるいは、「返品歩高入帳」などの「不公平な取引条件」が存在し、多くの中小出版社の「大きな不満」となっている。出版流通の活性化への道は、この「不公正な取引条件の改善なしにはあり得ない」といえる。

二.取次業の現状
 取次―書店ルートは、日本の全出版流通の六五%のシエアを担うメインルートであり、「仕入れ、集荷、販売、配達、調整、倉庫、情報、集金、金融」などのさまざまな機能を有している。また、大手取次の一日あたりの業務量は、書籍が二〇〇万冊、雑誌が四五〇万冊に及ぶという。
 日本の取次機構が雑誌の配本を中心に発達し、大量の雑誌配本と新刊書の配本を全国一斉に「一定マージン(通常八%)」で送ることのできる「世界に類を見ない配送システム」であることは良く知られているが、その一方で、「一冊一冊の客注品」の対応には向かず、読者から見れば「欲しい本が手に入らない」「客注品が遅い」が出版流通の二大不満にさえなっている。
 この「客注対応型の書籍流通の必要性」が出版業界の共通の夢であるが、「須坂構想」の「崩壊」に見られるように、その実現の兆しは見られない。
 ここ二〜三年、「書店型・取次型・集配型」などのさまざまなインターネット書店が登場し、その狭間で、「客注対応型流通システム」として、一定の役割を果たしつつあるが、販売額で見ると一四〇億程度と書籍の推定売上げの一%程度である。
 この一〇年、「売上げ競争が激化」し、トーハン・日販への寡占化がいっそう強まり、専門取次の鈴木書店の倒産に見られるように中小取次の苦難が伝えられている。
 また、この「売上げ競争が激化」が、十分な市場調査のないママの大型店の出店をバックアップし、結果として、市場在庫を増大させ、取立ての厳しさから、「金融返品」とも受け取れる返品増を招き、「販売チャンス」を喪失させた要因の一つであることは否めない。

三.書店業の現状
 アルメディアの調査報告によると、日本の書店数は二〇〇〇〇店を割り込み、昨年一年間に一四三六店が転廃業を余儀なくされている。その一方で、大型チエーン店などの新規店の出店が三七六店あり、増床分は五二〇〇坪となっている。
 この一〇年間の増床分は六〇万坪に及び、書棚の坪単価を五〇万円程度と想定すると、三〇〇〇億円もの市場在庫が増大したことになる。
 その一方で新規店の約四倍もの一四三六店の小売店が消えてゆくということは、一ヶ月で一二〇店、一日四店の書店が、日本の町から消えてゆくことになり、「出版流通の最前線」で、異常が発生していることの現実は恐ろしいものがある。
 全国の書店一一六法人・四一一店舗の経営資料を集計した日販の二〇〇一年版の「書店経営指標」によれば、書店の「売上総利益は、二四・二五%」あるが、「販売費・一般管理費も二五・二三%」と増大し、「営業利益で、マイナス〇・九八%」となっている。営業外の利益を加えた「経常利益でさえ、わずか〇・〇三%」となっており、売上げ規模別に見ると、年商三億円以上の書店で「わずかな黒字」、三億円以下の書店経営の厳しさを物語っている。
 厳しい経済状況に加え、年商一二〇〇億円を越えたと見られる「新古書店」や「漫画喫茶」の影響など、書店を取り巻く、市場環境は、一段と厳しくなってさえいる。

四.出版業の現状
 現在、活動している出版社数は、「出版年鑑」によると、四三〇〇社あまりであり、規模別に見ると、従業員数一〇以下が二二三五社、五〇名までが一〇四〇社と八七・八が中小零細出版社である。なお、二〇〇〇社に及ぶ編集プロダクションが、出版社の「編集活動」を支えている。
 出版科学研究所の調査によると、一年間に一点以上の新刊書を発行する出版社は三七〇〇社、五点以上の新刊書を発行する出版社は一五〇〇社あまりとされている。
 矢野経済研究所の「出版社経営総鑑」によると、二〇〇一年の出版社上位三〇〇社の経常利益率は四・五%程度となっており、八〇年代の二桁の利益率を割り込んでいる。
 また、同資料の上位一〇社の売上げランキングや利益率のランキングでは、リクルートやベネッセコーポレーションなどの情報産業型あるいは教育産業型の出版社の増勢が目立ち、相対的に講談社、小学館・集英社などの従来型出版社の苦戦振りが分析されている。

五.出版再生への道
 出版社も取次も書店も「成り立たない」ぐらい「日本経済」の現状が厳しいといえるが、出版再生への道を考える最低限度の課題を整理してみたい。
出版社における最優先の課題は、「企画の厳選」であり、流通機構を麻痺させるほどの新刊ラッシュに歯止めを掛けることである。
 通常、日本における本の定価付けの基本的な考え方は、直接製造原価(見積もりコスト)の約三倍を目安としている。
再販制と委託制に支えられてきたから成り立つ「定価付けの基本」であるが、この基盤には、低マージンで本の流通を支えてくれた取次や書店の厳しい現実があり、今、その「本の最前線が崩壊の危機に瀕している」とすれば、「本が売れない」という現実を直視しながらも、「本の定価の考え方」を見直し、「充分な流通マージンが保障できる」定価付けを考える必要がある。
 市場マーケティングの考え方を取り入れ、「書店からの受注に基づく送本」が可能な販売体制の確立に努力すべきである。同時に、取次・書店ルート以外の販売網の開発・多様化など販売努力の拡充に努めるべきである。
 取次は、中小版元や新規加入取引に対する「不公平な取引の改善」に努め、業界全体で、「委託制・再販制の問題点の改善」と柔軟な対応の研究など、流通の改善に努力すべきである。
 書店は、「責任販売制の確立」と「低正味買切制の導入」を検討し、「歩高入帳・歩安入帳」などの導入による返品率の改善に取り組むべきである。
今、厳しい書店経営の状況を反映して、「書店の棚」を構成するベテランの書店人がいなくなってきていることが危惧されている。加えて。「自動発注システム」の導入により、「店頭販売された商品の今後の売れ行き」が検証されることなく、自動的に「発注される」ことによる「客注品」の「売れ損じ」が「棚が荒れる」要因の一つにあげられている。
 「本好き人間」の集まりであった出版界・書店界での「人がいない」という嘆きは、産業の行く手に大きな陰を落としていると思える。

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 「委託制・再販制に守られた護送船団」という批判がある。アメリカの出版流通の基本は、「自由価格制(非再販制)」であり、「買切制」である。しかし、アメリカもまた、いま、「高返品」に悩まされている現実がある。学ぶべきは、市場に可鍛に挑戦する「出版の姿勢」であろう。
 書店は、「本と人の出会いの場」である。その書店が成り立たなくなっている現状からは、「出版の発展」は到底望めない。
 廃墟の中から、戦後の出版活動を始めたその歴史から見れば、現在は、遥かに大きな可能性を含んだ出版状況であるといえる。
 出版再生への道は、氾濫する情報の中から、何を選択し、何を読者に伝達してゆくのかという「出版の原点」に立ち返り、「本の未来」を語り合うことから、始めなければならないのかもしれない。
 また、出版の自由は、その「流通の自由」なしには成り立たないといえる。だとすれば、「本の未来」は、「出版流通の活性化」なしには成り立たないといえる。


©2002年 Shimomura