出版メディアパル(Murapal通信)


毎日新聞メディア欄連載「出版ウォッチング」(8月号)

 2003年4月から「毎日新聞のメディア欄」(隔週の火曜日発行号)に「出版ウォッチング」を連載することになった。このページでは、4月以降に掲載された「出版ウォッチング」月ごとにご紹介することにする。
出版メディアパル編集長 下 村 昭 夫

 著者と読者の皆さんの架け橋として本を生み出している出版界の「こぼれ話」を月2回・隔週の火曜日の連載で、ご紹介することとなった。ここでは、8月掲載分をご紹介する。

(9)玉音放送と出版 (2003年8月12日号)「焦土を沸かせた二冊」
 玉音放送ともに戦後の出版活動も息を吹き返した。戦前の相次ぐ言論統制下で、生き残ったのは、取次会社は国策とも言える日本出版配給株式会社(日配)一社のみ、出版社は300社、書店は3000店にしか過ぎない。
 廃墟の中から、立ち上がった出版界を象徴する出版物に『日米会話手帳』がある。終戦後、わずか一ヶ月足らずで刊行された「四六半裁判・32ページ・定価80銭」というパンフレットのようなこの出版物は誠文堂新光社の創始者である小川菊松氏が玉音放送を聴いた直後に企画したと伝えられる。この小さな本が、360万部という戦後初のベストセラーとなり、1981年の『窓ぎわのトットちゃん』が現れるまで、その記録は塗り替えられることはなかった。
 もう一冊、戦後を語る出版物に、1945年の12月に鱒書房から刊行された『旋風二十年(上・下)』がある。サブ・タイトルの「解禁昭和裏面史」という衝撃的なキャッチ・フレーズは、活字に飢ええていた民衆の心をつかみ、上巻が発売されると、東京・神田の書店街には行列ができ、初版10万部が一週間で売り切れ、翌年、春に発行された下巻と併せて80万部に達したという。この本の企画も玉音放送を聴いた鱒書房の増永善吉氏の企画によるものだが、昭和裏面史に光を当てたのは、当時の毎日新聞社の森正蔵社会部部長を始めとする中堅記者たちであった。
 前者は、占領軍の進駐という事態を受けての緊急出版、後者は、真相を知らされることのなかった15年間に及ぶ侵略戦争に初めてメスを入れた歴史的出版物である。
 戦後の民主憲法の下、再び、権力の手による言論抑圧の恐れはないかもしれない。だが、自衛隊の海外派遣に道を開いたイラク復興支援特別措置法が通過した、いま、「いつか来た道」への懸念を感じるのは私一人であろうか?



(10)海外進出するマンガ (2003年8月26日号掲載)
 アメリカで、グラフィック・ノベル市場が急増し、2001年には7,500万ドル、2002年には1億ドル(約118億円)に達したという。
 グラフィック・ノベルとは、日本では聞きなれない言葉だが、その主役になっているのが、日本生まれのマンガ(Manga)である。
 従来、日本のマンガは主にコミック専門店で販売されてきたが、昨年からは、ウォールデンブックスやボーダーズなどの一般書店でも販売されるようになり、急速にシエアを拡大させた。
 アメリカでのマンガの大手版元であるTOKYOPOPでは、昨年から、日本式の「右開き」のマンガ本を普及させた。「左開き」が常識の欧米の本からすると、読者は、後ろから「マンガ」を読むことになるが、すべてのマンガの「コマ割り」を逆版(鏡像)にするコスト負担がなくなり、従来より格安での価格設定になったこともあり、「鉄腕アトム」や「子連れ狼」などのかつての名作が、子どもたちのニーズをつかんだといえよう。
 また、小学館・集英社などの一ツ橋グループのアメリカ法人VIZ(ビズ・コミュニケーションズ)も昨年秋に右開きの「SHONEN JUNP」(英語版)を発行、好評を得ているという。「遊☆戯☆王」「ドラゴンボールZ」などが人気とのこと。
 ブームに乗り遅れまいとするクラウン、パンセオンなどの一般書版元のグラフィック・ノベル市場への参入が相次いでいるが、先月、カリフォルニアのサンディエゴで開かれたアメリカ最大のコミックコンベンションでは、2003年1月に講談社との本格的提携を発表したランダムハウス社が、来春、マンガ市場に参入と表明した。講談社側では、「ネギま!」「ガンダムシード」などの人気作品を提供する意向で、アメリカのマンガ市場に「熱い視線」を送っている。
 一方、ドイツでも、日本のマンガブームが巻き起こっており、その売上は、ディズニーなどの欧米系のコミックを追い越し、01年のマンガ市場は、対前年比倍増の1800万ユーロ(約20億円)に達したと報じられている(「出版ニュース」03年2月下旬号)


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