マルチメディアと出版の近未来


4.9  電子メディアと出版の原点

 どんなメディアも、永久に不変であるといえないが、不変ではないけれども“本は不滅である”と信じている。出版の原点を考えてみれば、人は自らの意思を伝えるために“紙メディア”以外にも木や石や土などに、その意思をメッセージとして文字や絵の形で残してきた。
 問われているのは、『本は電子メディアを超えられるか』ではなくて『電子メディアは本を超えられるか』というテーゼだと思える。
 その昔、パピルスに手書きの絵や文字を残してくれた古代人も、活版印刷により本という形で、その意思を現代に伝えてくれた先人たちも、また、電子メディアを駆使する現代の若者たちも、自らの意思を同時代に生きる人々へのメッセージとして“夢”を育んでいることに違いない。
 電子出版時代とは、「紙以外の電子メディアを通じて“人の意思”を伝達する時代である」といえる。人は、それをネオ・パピルスと呼び、あるいは電子パピルスと呼んでいるに過ぎないのである。
 本というメディアは、長い歴史の中で鍛え抜かれた“思考型メディア”といえる。そして“夢”を伝達させるという“出版”本来のあり方は何ら変化していないとさえいえる。
 明治の文豪たちは、インフォメーションの訳語として、“情に報いる”と書いて情報と訳した。情報とは、音声、文字、図形、身振り、手振りを含めた意思表示全体を指している。
 紙メディアを使うにせよ、電子メディアを使うにせよ、それは同時代を生きる人々の“心と心”を結びつけ合う媒体の一つを選択することに他ならない。
 氾濫する、情報の中から、何を選択し、何を読者に“伝達”してゆくのかという「出版の原点」こそが,今、問われており、“技術”の問題は、その役割を果たすための一手法にしか過ぎないといえる。
 読者とともに、著者とともに、同時代を考え、“夢を育み”未来へ向けメッセージを送り続けるのが、私たち編集者の仕事といえる。
 メディア環境の変化に、きちんと対応する基本的な視点も技術も、“本を作り続けてきた歴史”の上に発展するわけですから“ゆらぎのない編集理念”こそが今、求められている。
 電子メディアの可能性が強調され、華々しく、さまざまなシステムが発表されるごとに“本”という紙メディアの“すばらしい”機能に魅せられるという“皮肉”な結果を生んだ。
 また、エジプトの考古学博物館で見た“パピルス”に描かれた絵と文字は5000年の時間と空間を経て、古代人のメッセージを現代の私たちに伝えている。そして、その輝きは未来へもきっと伝えれると信じている。
 環境保全の問題からも紙メディアの電子メディアへの移行が論じられているが、CD-ROMを被っているポリカーボネートという一種のプラスチックスは、自然界では、ほとんど分解することはない。
 将来、大量の電子媒体が、新しい環境破壊の原因になることのないことを願って、このリポートのまとめとしたい。


©1998年/2000年 Shimomura